ペタしてね


▲人生には目標がなければならない。目標がなければ、本当には、何しようもできない。努力するまえに努力の対象を一つにしぼらなければならない---これが人間の特徴である。学期の終わりに試験がないと、勉強が非常にやりにくいのはそのためである。多くの人が学校や大学を出てしまうと、もう勉強しなくなるというのも、はや
りそのためである。学校では目標があった。だから勉強もした。だがいまは努力の目標がない。だから努力しようとしない。いまニートと呼ばれる人が多くなるのはやはり自分の目標がないか若しくは非現実な高い目標を設定して達成できなく失望するかと思う。

 
▲目標を持つことによって進歩したかどうかがわかる。目標がなければ、じぶんは進歩したのかしないのか、分からない。目標は物さしと基準を提供してくれる。明確な目標を設定したとき、はじめてわれわれは、自分が正しい方向にむかっているかどうかを知ることができる。目標を自覚することによってのみ、われわれは自己満足という怖るべき無気力から救われるのである。

 
▲目標は手の届かないところにおかれなければならぬ。理想とはそういうものなのである。達成できる目標をおいたのでは、それを達成してしまったら、もはや征服すべき世界はないということになる。そうなれば、人生は無気力と停滞におち込むほかはない。これに反して、つねに輝く目標を前方に認めるとき、われわれは日の暮れるまでそれをめざして努力するであろう。



ペタしてね


私は今、「奇貨置くべし」(火雲篇、宮城谷昌光著、中央公論新社刊)を読んでいる。(主人公の呂不韋は秦の始皇帝の父とも言われる呂不韋。一商人から宰相にまでのぼりつめたその波瀾の生涯を述べた中国古代の戦記物語) その41ページに呂が師とする孫との会話がある。教えられ、感動したので引用させてもらう。
-----------------------------------------------------------------------------------
*** ---積土の山を成さば風雨興り、積水の淵を成さば蛟竜生ず。 はじめのころに孫に語ってもらった教えのなかで、そのことばが呂不韋は好きである。人は日々小さな努力を積みかさねてゆくと、ついに山のような巨きさになる。そうなるといままであたりに風もなかったのに風雨が起こるようになる。水も深くなければ蛟竜は住めない。人の学識や度量もそうであろう。ひとりの人が改革を外に求めず、内に求めることによって、おのずと外が変わる。人間を信ずる絶大さがここにはある。戦乱という現実に負けない精神力を呂不韋は教わりつつある。***
----------------------------------------------------------
物語は2000年以上前の中国である。その頃は戦乱続きで、庶民にとっては“生きる”こと自体が大変な時代だったと思われる。ビジネスにおいてもお互い信頼できるまでやはり時間が掛かります。自分だけに利益があればそれで良いといった、 無責任な思考を排除しなくてはなりません。まずは他者への貢献を、惜しむことなく行うことが大事である。



ペタしてね

先日のこと、自分の家の冷蔵庫の整理をしたところ、2009年1月が賞味期限というものもあった。いったん冷蔵庫に入れるとこんなことが起きる。冷蔵庫は食品を一定期間、一定温度に保ち保存するためにある。しかし、人間の習性というか、いったん物を冷蔵庫に入れると何を何時入れたかを忘れてしまう。かえって冷蔵庫は食物を無駄にする道具になっているのかもしれないと思うことがある。

その点、中国でよく見掛けられる朝市ですが、道路の両側に野菜、魚、えび、肉等が所狭しと並べて売られている。人々はその日に必要なだけそれらを購入して持ち帰る。下手に冷蔵庫に食物を入れて腐らせるよりもこの方がずっと良いのではないかと思った。それに新鮮なものをその日のうちに消費するのであるから無駄がない。私たちは文明の利器を利用するのであるが、よほど気をつ
けていないと無駄を作るためにそれらを利用しているのではなかろうか。

冷蔵庫利用による無駄をなくすことができれば、どんなに省資源に貢献するか分からないと思う。何でもかんでも冷蔵庫にしまうのは止めたほうがいいかも知れないです。