上手く隠せてるかな。表情は上手く繕えてるかな。
私の大好きな宝物。たくさんのものを奪われて、取り戻せなくて諦めて、それでもやっぱり忘れられなくて。
そんなときに奇跡のように取り戻すことができた、大切な人。。
今は大嫌いなあいつに傷つけられてしまったこの身体で、何の希望も無くして、
それでも死ぬのは怖くて、ただ生きていただけの私に...
けれど、決して傍にいられなくするために植え付けられてしまった心的外傷。
あの時のあの女の言葉。

「もうこれ以上悠ちゃんに近づかないで」
―どうして貴女にそんなこと言われなきゃいけないの。
「私の弟を奪わないで」
―貴女のものみたいに言わないで。
「二度と家に来ないで」
―貴女の家じゃないでしょ。
「二度と近付けなくしてあげようか」
―...どういうこと。

あの日のことは二十歳になった今でも忘れられない。
あの女も、あの時の男たちも憎い。そしてそれと同じくらい今でも恐い。
それはまるで呪いのよう。私が彼の傍に居られなくする為の、あるいはあの女が彼の傍に居るための。
でもそんなのただの嫉妬。それに私以外にも女の子なんてたくさんいる。
...もしかしたらあんなことをされたのは私だけじゃないのかな。だとしたら、あの女は、ナニモノナノダロウ?
でも大丈夫。今の私は、あの頃の私じゃない。
二度と、もう二度と手放さない。大切な人。もう二度と、手放さない。離れない。...私が、守るんだから。
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「37度2分か...」
ほとんど丸一日寝たおかげか、朝測った時のような高熱はすっかり引いていた。
寝ていた、というのはただ横になっていたのではなく、本当に睡眠に入っていたということだ。
なんだか随分と長い夢を見ていた気がする。
身体の怠さはまだ感じるが、これはおそらく長い時間横になりっぱなしだったからだろう。
首から足まで筋肉が固まってしまっているような感覚だ。
横に置いていた体温計を手に取り、脇に挟むだけでも腕が重かった。
とりあえず部屋が真っ暗だ。廊下の電気も消えているようだから、おそらく深夜だろう。
几帳面な性格だからか、姉さんは深夜を過ぎると自分のいる部屋以外の電気を全て消してしまう。
光熱費の節約だろうか。エアコンやストーブなども良く注意された。
...昔からああだったかな。昔はもっと適当で、コロコロ気が変わる人だった。
やはり一人暮らしというのは人を変えてしまうものなのだろうか。
なんてことを以前考えていた記憶がある。
昔はああだったのに、すっかり変わっちゃって...なんて、僕は近所のじいさんか。とか。
ぼんやりとした意識が次第とはっきりしてくると、まず気になることがあった。
...口の中がひじょーに気持ち悪い。
そりゃそうか。何時間も寝たままだったのだから。なんだろう、ここまでねばねばするのは初めてだ。
次に喉がからからになっていることに気付く。
「...何か、水でも飲みに...ケホッ..」
ああ、口の中がねばねばしているのに喉が渇いて声を出すのが辛い。
酷い状態だ。この分だと腹も空かしているだろうからついでに何かつまんでこよう。
一先ず起き上がるために両腕を使って身体を上にずらし、腰を枕の上まで移動させる。
少し上半身を起こした状態にしてから少しずつおなかに力を入れて状態を起こそうとする。
同時に急に動いたせいか少し頭がふらっとしたが、だらん、と頭を下げるような形でなんとか上体を起こした。
まぁ、朝よりは怠くないかな。
結局僕は何時間寝ていたんだろう、と、ふと壁にかけてある時計に目をやる。
暗くてぼんやりとしか見えないが、うっすら見える針の位置からして1時過ぎくらいだろうか。
ということは時間でいえば、だいたい18時間くらい眠っていたことになる。
そしてそのうちの6時間は昨日、じゃなくてもう一昨日か。
一昨日の夜の睡眠の延長戦だから、文字通り丸々一日眠っていたということになる。
われながら、そこまで眠れることに中々驚きだ。
口と喉の不快感も納得である。
シャッ、と手前にカーテンを引くと、下は周りのマンションの明かり、車のライトがちらちら見える。
上は黒々とした星ひとつない空に、はっきりとした月の明かりが見える。今日は半月だ。
月明かりがほんのりと部屋に入ってくれる。
黄色と白を足して割ったような色をした月が、僕には昔から青い光のように見えた。不思議だった。
月の光が照らしてくれたおかげで少しずつ部屋が見えてく――

―かちゃ..

と、突然控えめにドアを開ける音が聞こえてきた。そして、
「...悠ちゃーん...起きてるかなー...」
小声でいいながら姉さんがゆっくり部屋に入ってきた。うっすらとだが何かを持っている。
ぱちっ、と部屋の電気をつけると眩しくてつい目を閉じる。ちかちかする。
「あっ、悠ちゃん起きたんだ、おはよー」
どうやら僕を見つけたらしい姉さんはさっきよりも少し声を大きくして話す。
「あぁ、うん、..ケホッ...おはよっ..」
まだ声は出しにくいが、なんとか片目を少し開いて返事をする。
「だ、大丈夫?まだ無理しなくていいよっ...」
どうもしんどそうに見えたのか、少し早歩きで僕のほうに駆け寄ると、片手に持っていたプレートを
僕の机に置いて、僕の隣に座りに来た。
「ごめん...なにか、飲み物を...」
「あ、うん。ちょっと待ってね...」
僕がそう言うと姉さんはさっき持ってきたプレートの上に置いてあったペットボトルを手に取り、
それを僕ん口元まで持ってくる。
「はいっ、...ストローだけど飲めるかな...?」
わざわざストローさして持ってきてくれるとは...
あまり頭を動かしたくないのでこれはかなり有り難かった。
姉さんに差し出されたまま僕は少し細めのストローの先端を口に含み、ゆっくりと吸い上げる。
軽く吸うだけでひんやりとしたポ○リが口に満たされていく。
ゆっくりと、口の中の○カリに浸った部分から、ねばねばした感覚をが流されていく。
そのまま一口目を喉へと流してゆく。
その冷たすぎない温度が心地よく渇いた喉を潤していく。
もっと、もっと欲しい。
一口目を飲み干した僕はその勢いでさらにストローからポカ○を吸い上げる。
吸い上げたものをまるでうがいをするかのように口の中全体に回していく。
ああ、洗われていく...解放感が凄い...
そして先ほどのようにまた喉へと流していく。
ごくっごくっ...
喉が鳴るのがわかる。その動きが分かる。凄くおいしい。
「ぷはっ...ありがとう、姉さん」
渇きを潤した僕の喉はもう自然と声を出せるようになっていた。
「うんっ、もう、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そういうと姉さんは安心した表情で優しく僕に微笑んだ。少し、どきっとした。
「えと、さっき熱測ったら熱引いてたから」
「ほんと?どれどれ...」
ずいっと姉さんの顔がこちらに近づいてくる。またか。
「んー、ほんとだ、大丈夫そうだね」
「あ、あの...そうだ、おなか空いたんだけど何か食べていいかな?」
「うん、いいよ。おうどんあるけど食べれそう?」
「うん、大丈夫。お願いしていい?」
「もちろんっ。ちょっと待っててねー」
そう言って立ち上がると嬉しそうに部屋を出て行く。