先日、自治会費の集金があった。

夜7時50分頃のことだ。

集金担当者は玄関先まで上がって来ず、階段下から対応を求めてきた。夜間でもあり、防犯上の観点から私はドア越しに対応した。

その際、

「先週持って来てもらうはずが、忘れていましたか?」

という趣旨のことを言われた。

しかし、私にはそのような約束をした記憶がない。

そもそも先週は広島遠征のため不在だった。

音楽活動で広島県安芸高田市まで往復1,600km近く移動しており、自宅にはいなかったのである。

私は咄嗟に「失念していました」と答えたが、後になって考えれば不思議な話だ。

約束そのものをしていないのであれば、失念も何もない。

さらに集金の最後には、

「貴方が最後です」

と言われた。

担当者にそのような意図はなかったのかもしれない。

しかし私には、

「あなたのせいで手間が掛かった」

と言われているように聞こえた。

正直なところ、不快感だけが残った。

私はこの自治会に17年間所属している。

年間6,000円の自治会費を払い続けてきた。

単純計算で10万円を超える。

もちろん金額の問題ではない。

地域コミュニティを維持するために一定の負担をすること自体は理解している。

しかし今回感じたのは、

「なぜ2026年になっても、現金を持って人が一軒一軒回り、住民と集金担当者が気まずい思いをしなければならないのか」

という疑問だった。

振込。

口座振替。

電子決済。

今はいくらでも方法がある。

手渡し集金である以上、

・不在による行き違い
・言った言わないの問題
・夜間訪問によるストレス
・担当者による対応の差

こうしたトラブルは避けられない。

今回の件で私は、個人を責めたいわけではない。

集金担当者にも苦労はあるだろう。

何十軒も回り、時間も労力も掛かる。

問題は個人ではなく仕組みだと思う。

昭和の時代には合理的だった仕組みも、令和の時代には必ずしも合理的とは言えない。

地域コミュニティは大切だ。

だからこそ、住民同士が不要な摩擦を起こさない仕組みへ変えていくべきではないだろうか。

自治会は住民のために存在する。

住民が自治会のために存在するのではない。

今回の出来事は、そのことを改めて考えさせられる出来事だった。