今後の会社、人、組織、働くとは。
ということについて思ったこと感じたことをメモ的に記していく。

「組織変革のビジョン」
という本を読み、感じたこと。

高度経済成長期には、会社という母体の中に小さな一部の自分という人間がいた。

しかし経済成長を遂げ、人生について幸せの多様化が進むにつれて、
働くことに対する認識は随分と変わってきた。

今はさほど騒がれなくなったが、
今もなお、働くということを放棄するニートや、正規雇用につかないフリーターが多くいるということは、
まさしくこれは時代の変換期真っ只中ということではないだろうか。

働くとはなんぞや。
その答えが明確にないからこそ、
今したいことをする。
それは私には当たり前の論理的な答えな気がしている。

しかし実際に仕事の無い人生を想像すると、
私には恐怖しか感じない。
もちろんお金の恐怖もあるが、
それよりも今私は何をしているのだろうか。
なぜ生まれてきたのだろうか。
誰と遊んでも満たされない。
誰を抱いても満たされない。
幸せってなんだろうか。生きていく意味はあるのだろうか。

そんなことまで考えてしまう。
なぜなら人は生まれた意味を知るということが、
誰にとっても永遠のテーマであることのように思えるからだ。

さて話を組織に戻そう。
そんな時代だからこそ会社と自分という構図は変わってきている。

この本では円を使って説明しているが、
大きな会社、組織という円に対して、自分が小さくいる。これが今の構図。
これからあるのは大きな自分という円の中に、会社や組織がある。これがこれからの構図になる。

属することが全てではなく、
自分がよりよい人生を歩んでいくための会社。
そうあるべきだと考えている人は少なくないはず。

しかしそれが現実世界になると、
自分の力ではどうにもならず、会社、組織に対して思うことがあっても、
それを先輩後輩同期に愚痴るしかない。

それはなぜだろうか。

それはやはり会社、組織に対してなにを働きかけても、影響することがないだろう。という思い込み。
そして、その思い込みが正しいのだと自己肯定をしてしまうことにより、
自律することを放棄しているからだ。

仮にいま属している会社、組織があり、
現場でずっと働いて感じていることがあるとする。

それに対して意見を言い、自らが主体となって変えていくことが"必ず"出来るとしたらどうだろうか。

私は必ず会社、組織の規模に関わらず、
変えられると思っている。

いつだって現場が会社の全てであることには変わりは無いのだから。

私は某大手求人広告で営業をしてきた。
大手企業もあれば数名の会社もある。

そこで感じたことは、
大手=良い会社
と言うわけではないということだ。

しかし比率でいくと中小よりも、
大手の方が福利厚生や待遇は安定している。
逆になぜ安定するまでに至ったのか。

それはもちろん上層部の経営能力もあるが、
それよりも現場が会社を背負っているという自負が強いように思える。

逆に言うと、現場の人間が会社のことをよく分からずに、
ただ働いているだけ。という会社も散見された。

そんな中で組織を改革する。
となると、重要なのは現場ひとりひとりの自律を促す仕組みではないだろうか。
そして、その自律を受け止めることができる経営層がいれば、
必ず組織は前向きに好転していくはずだ。


その仕組みを私は作っていきたい。
個人=会社という構図、ゆうなれば誰しもが個人事業主であり、組織を変革する責任があることを芽生えさせる仕組み。

そんなものができれば、
世の中はもっと多様性に富み、
転職動機は前向きになり、
社会貢献もでき、
人生とはなんぞや。
の答えに近づくのではないか。


そんな仕組みづくりに役立つネタがあれば
また考察していきたいと思う。