朝、フェリーに一緒に缶詰なんてとても無理という話しをして、飛行機で別々に帰ることを検討したが、金銭的にも時間的にも無理なので、結局1日遅れてフェリーに乗る事になった。
その話の時に、旦那さんがメールは誤解だと謝ってきたので、息子のこともあり、離婚は一旦保留にした。
そして、フェリーで横浜へ。
私の大分での思い出は、全て汚れてしまった。
大分での楽しい出来事、旅行や聞いていた音楽や一緒に行った所など、思い出すと同時に、あのメールも思い出して涙が止まらなくなってしまうから…。
しかも、バレンタインデーに旦那さんが彼女とのために予約したホテルは、家族でも行った所だった。
最低だ。
横浜へ帰宅後の2週間後も、大分出張の最後の仕事があった。それがバレンタインデーの前後。
当然、その出張は行かなくて済むように、してもらった。
当人も進んでそうした。そして、彼女が言っていた「会社の食事会では…」は、旦那さんに聞いたところ、会社のでは無く、それとは別で食事に行ったらしかった。
そう、
彼女は「とぼけた」のだ。

私は彼女に旦那さんの携帯から、最後のメールを送った。
「妻です。食事はやはり行ったのですね。妻子持ちに誘われてノコノコ食事に来るなんて、おかしいし娘さんの○○ちゃんにも、良くないですよ」と。
私は以後、食事が喉を通らずおかげさまで、かなり痩せられた。
別れるとも言ったが旦那さんがもう一度チャンスが欲しいと、メールは出来心だったと言うことで、とりあえず考える時間を作った。
当然の流れである。
なぜなら、横浜帰宅の半年前から、メールでやり取りしたり、仕事終わりに話しをして来たりしていたのだ。
私が育児と家事で負担を掛けないようにし始めて以来も息子の育児に悩み苦しみながら帰りを待っていた時も、旦那さんだけは、彼女と話して気分を晴らしていたのだ。
フェリーの日まで半年間。
とても許せなかった。
以後、旦那さんの償いの日々が始まることとなった。


