ホンットに久々にブログを開きました。
更新を休んでから②ヶ月と少し。。この間に色々なことが起こってしまいました。

まだ皆さんのところに遊びに行ったり返コメしたり更新をマメにすることは不可能ですが途中経過をお知らせします。
前回の記事で家族が事故にあったと書きましたが
事故とは母がガス爆発事故にあったということでした。

ガス爆発事故
10/29、その日は彼氏と付き合って4年以上経ち、初めて一泊の旅行に連れて行ってもらった2日目でした。
箱根のほうに行っていたので2日目は小田原付近で昼食をとろうとしていたら母から家電発信による電話がありました。
内容は『今どこにいるの?』→『今は小田原だよ』→『あっそうか!そうだったよね。じゃいいや』
この会話のみで電話を切りました。
その30分後に父から電話があり、母がガス爆発事故に遭い救急車で病院に運ばれたとの内容でした。
母は熱傷を負った不自由な状態で私に電話をしてきて旅行中だということを思い出し、何も言わずに電話を切ったのでした。

小田原からはどんなに頑張っても3時間はかかります。生きた心地もせず、状態も全く分からないまま病院に向かいました。

後から聞いた事故の状況は、実家がちょうど引越しをしており10月いっぱいで元の家を出ることになってました。
私の荷物もまだまだたくさんあったのですが捨てていいよなんて簡単に言ってほとんど手伝いませんでした。
母は、引越しの片づけを一人でやって夢でみるほどストレスがたまっていたようです。
そして10/29の翌日が最後の燃えないゴミの日なので昼休みに会社を抜け出し残っていたカセットコンロのガススプレー缶のガス抜きをしていたそうです。
最後のスプレー缶のガス抜きをしていたところ、後ろを向いて2,3歩歩いたところ、ボンという音がして爆発したそうです。燃えるようなものは何もなかった為に消防署の調書では恐らく静電気による引火との見解でした。

母も一瞬、火に包まれ、玄関から外に出ましたが、家の中を見るとふすまに火が燃え移っていたので
延焼させてはならないと再度、家の中に入り消防に要請してから消火活動をしました。
その間、10分程度、熱風を浴び続けたそうです。
幸い、消防が来る前に消火はできましたが、消防の呼んだ救急車で地元の総合病院に搬送されました。

病院での初診判断ミス
茨城県と栃木県の県境にあるこの市内で搬送先の総合病院はここ数年でお城と見間違えるような立派な建物を建てたばかりで中もお城のようでした。
こちらの病院長の診断結果は上半身熱傷Ⅱ度~Ⅲ度10%
ちなみに熱傷のⅣ度になると炭化してしまうそうです。だから熱傷の中でも最もひどいⅢ度という傷を負いました。
実際の箇所は顔面、首、両腕、腹部、背部、踵の熱傷でしたが、両腕、腹部などに軟膏を塗っただけで今日はこのまま帰宅し、一週間後にまた来てくださいだったそうです。
たまたま伯母が病院に勤務しており、駆けつける前にその病院の医師から色々と処置の仕方を聞いてました。
熱傷の場合は水ぶくれができそれが破れると、体内の水分が出て行くために充分な水分補給と傷からばい菌が入り、死に至ることもある為、点滴が絶対に必要といわれてきたそうです。
しかし、搬送先の病院は点滴をするどころか傷を冷やすこともなく帰宅しろというので
何とかひと晩だけでも、入院させてほしい、点滴をして欲しいと頼み込みました。
病院側は点滴を打つ為の腕が熱傷の為に打つ場所がないとの理由でしたがこれも頼んで足に刺してもらいました。
  
    (実はこのときに、点滴をしないで帰宅していたら脅しではなく確実に死んでいたと
     他の医師から言われました)

水分補給がマメに必要なのに病院側はナースコールも出来ない患者だし、見回りもそんなには出来ないので家族の人に泊まって欲しいと言ってきたのでこの日から私は毎日、病院に泊り込みました。
顔面の熱傷が時間が経つにつれどんどん腫れていき、翌日には目もあかないほど、顔の区別が出来ないほどパンパンに腫れあがりました。
夜中じゅう、何度も見回りの看護師にぶっちゃけた話として、この病院の処置の仕方に納得がいかない、ちゃんとした病院に連れて行きたいと言いました。幸い、たまたま同じ年の話の分かる男性看護師さんで、こちらもぶっちゃけた話として自分が家族側だったらこのやり方に同じく疑問を抱く、しかし、ここの病院は古い院長の意見が絶対なので自分達は意見することができない。しかし病院を選ぶのは患者さんなので明日、他の医師に伝えると約束してくれました。

転院
事故の二日目の翌日、院長が再度、診察に来て、前日とは違い、あまりにも症状が重くなっている母を見て
びっくりし、『これは転院するしかない昨日○○先生に診て貰えばよかったな。私も昨日はあちこちに行かなくてはならずに忙しかったから』とぬかしました(怒)
後で分かったことですが○○先生とは一番近くの大学病院から週一回、皮膚科の医師が来ており母が運ばれてきた日がちょうどその日だったのです。
専門の医師がいたにもかかわらず、診せなかったということです。
そして転院することにはなりましたが大学病院が満床で2日後でないとベッドがあかないのでその間、点滴を打ち、軟膏を塗り替えるということだけをしながら入院しました。
いよいよ転院の日、母は40℃の熱が夜中から出ていました。
病院側というよりも看護師判断で転院は自家用車で行えとのことでしたが、熱傷の傷もひどいし、心配なので救急車の搬送にしてほしいと依頼しましたが看護師長を含む三人の看護師に断られました。
当日の朝になり高熱もあるので再度、頼み込みやっと医師に聞いたところすんなりと救急車搬送のOKが出ました!
熱傷の専門の治療が出来る大学病院が満床ですぐの転院を断られ、三日間、不安な思いをしながら最初の病院で過ごしました
ごく最近、東北の方で全身火傷の女性が5件の病院に搬送を断られ、結局亡くなってしまうという
事故があったばかりで人事とは思えませんでした。


大学病院での入院開始 皮膚移植手術
大学病院では最初は皮膚科で、着いた途端に寸前に交換してきた簡単な包帯を取り除き、誰かも分からないほどに顔も体も包帯でぐるぐる巻きになってました。
腕もかなりぐるぐるとガーゼ、包帯が巻いてある為に普通の寝巻きが着られずに手術に使う腕部分がボタンで開くようになっている術衣を貸してもらいました。
そして熱傷の患者には目、口、鼻、耳の中が焼けていないか必ず検査が必要だそうです。
もちろん前の病院ではしましたよね?と聞かれましたが一切やってませんでした。
他にも顔面の熱傷の手当てを何もしていないこと、包帯の巻き方などなど、多くのことに大学病院側が転院前の病院のやり方はありえないと何度も口にしてました。
そして前の病院では熱傷全身の10%との事でしたが大学病院の診断は全身の30%弱だそうです。


熱傷の患者に必要な手当てはまずは体重を計り、傷から何gの水分が出たか計り、それによって点滴の量も変わってくるそうです。あとは何ccの水分補給をしたか。
そして傷口は毎日、シャワーで洗い流し、古い皮膚は取り除き、消毒をしていきます。

何日かはそのままでしたが両腕、特にひじの損傷が激しく、皮膚科ではなく形成外科に転科となりました。
そして11/15には手術となりました。
内容は太ももから皮膚を取り、範囲が広がるように取った皮膚に切れ目を入れ、網目状に伸ばし、
両腕の壊死した組織を取り除いた後にそこへ皮膚をかぶせるというものでした。
皮膚をかぶせたら固定するためにホチキス(普通のホチキスの針のようでした)を片腕につき50箇所以上打ち込みました。
最初の入院の日から12/2の退院の日まで一ヶ月以上私は毎日、病院のソファに寝泊りしていました。
この間、母の友人や会社の人たちと何度もメールをしていましたが全員が口を揃えて言ったこと、それは
母が痛いと言ったと伝えたところ、
『○さん(私の母)が痛いと言うなら私達ではガマンできないくらいの痛みでしょう!普段、絶対に痛いなんて口にしないのに』と本当に全員の人が言っていました。
それぐらい自他ともに認める我慢強い母です。


退院 リハビリ
手術は一応は成功したものの、皮膚移植手術は中々一回では終わらないらしく、恐らく数ヵ月後に二度目の手術があります、
現在は毎日リハビリに通院はしていますが、障害は残って当然だそうです。
そして最近の診断の結果は手術までに日をあけ過ぎたために関節が固まってしまっているとのことです。
しかし、最初の皮膚科では皮膚の為に腕を動かさないようにしなさいとのことでした。
形成外科ではリハビリに通ってでも、手を動かしなさいと。
出来れば医師同士、科同士で話し合いをしてもらいたかったです。
何が最良の治療なのかを・・・

両腕がひどい為に、日常生活に支障をきたして本人も今まで出来ていたことが出来ず、歯がゆい思いをしているようです。
あとは外を歩いている時の外部の人の好奇の視線にもあまりいい気持ちはしません。
顔も熱傷を負って傷跡が残っているのとまだ腕の皮膚も出来ても弱い為にすぐに傷が出来るため
包帯も欠かせない為だとは思いますが、容赦なくジロジロと見る人もいるので一緒にいる私もつらいですが本人が一番つらいでしょう。『あの人ずっと見てたね』ということもあるし・・・





退院した日から一ヶ月間は私のアパートで母と二人で暮らし、最初のうちはトイレも自分では行けなかったので介助し、お風呂も傷の軟膏を洗い流し、そっと洗わなくてはならない為、ずっと私がお風呂にも入れてました。
今は、彼氏が帰国した為に、足りないながらも何とか日常生活が送れるようになったので母には実家に
帰ってもらい、リハビリには私が毎日連れて行っている状態です。
職安にも行けない為に延長の申請を行ってきました。
なので失業保険ももらえない状態です。


かなり長くなってしまいましたが今、現在がこのような状態です。
仲良くなった皆さんのブログを見に行きたい気持ちもありますが、やることが多すぎて、事故後は一回も誰のところへも行ってません(><)
後で必ず伺いますのでどうか皆さん、待っていていただけますか?