
「いつか必ず」
僕がオートバイを乗らなくなったわけは、あの日、僕の友人が峠道で、静かにこの世を去ったから。
僕は買ったばかりのオートバイを彼に自慢した。貯金をし、やっと貯めたお金で手に入れたホンダの愛車。
彼は羨ましい目で僕を見ていた。
自慢だった。
それから、彼は普段の仕事に合わせてアルバイトを始めた。早朝に新聞を配る仕事。親に頼れない彼は、1日12時間働き、そして念願のオートバイを手に入れた。
そして試運転の日だった。
伊豆へと走りに行った彼は、峠道を順調に進んだ。晴れたその日、山には山桜が咲き、茶色かった草原に緑色が戻ってきていた。
楽しかったのだと思う。暖かくなった風とまだ柔らかだった日差しを浴びて。
しかし、悪魔は彼に手を伸ばした。周りの美しく初春の風景に目を奪われたのだろう。
カーブでセンターラインを越え、対向車のバスを避けきれなかった。
救急隊には、自分の名前と年齢を気丈にも伝えていた。
悲報を聞いた時、僕は公園で寛いでいた。目の前に停めた美しいオートバイを見ながら、缶コーヒーを口に運んでいた。
オートバイで病院に駆けつけた時には、もう彼は空に昇っていた。
泣き崩れる父親の姿が忘れられない。そして父の言葉を。
「いつのまにかオートバイなんか…。知らなかったです。なんで…オートバイなんか…」
僕は言えなかった。
僕が彼にオートバイを自慢したことを。
しばらくは涙も出なかったが、病院の駐車場に停めた自分のオートバイを見て、涙が溢れてしまった。
その場で座り込み、嗚咽を繰り返した。
心配した病院のスタッフが声をかけてきたのも気づかないほどに。
家に戻り、彼から送られてきた写真を探した。僕のオートバイを、さも自分の物のように跨ぎなから撮った写真。
とても嬉しそうな表情だった。
人には必ず寿命がある。必ずみな同じところに行く。それが早いか遅いかの違いである。
きっと彼は、買ったばかりのオートバイに乗れて嬉しかったろう。新緑の山と山桜を見て美しいと思ったろう。
だからもう泣かない。もう悔やまないと、僕は思った。
いつか僕もそこに行くからと思い、悲しみを消し去った。
その日以来、僕はオートバイに跨ることはなかった。
その時の記憶があり、そして今の僕がいる。
いつか、そっちで会おう。まだ僕にはやることがあるけど、それが終わったら、いつか必ず。
春が来ると毎年思い出す、彼のこと。
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