それから、何度も何度もハルキから連絡がきた。


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俺はまちがってた。手放してはいけない人を手放してしまった。

どうしても、あきらめられない。

俺のそばにいてほしい。

俺にはもう、アリサしかいないんだ。

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そんなメールが、繰り返し届いた。

私は、連絡をするのを躊躇していた。


また、同じことを繰り返すだけ。

傷つけあうくらいなら、ここできっぱりとしたほうがいい。


そう思いながらも、やっぱり、ハルキの声が聞きたくて、

胸が苦しかった。


腸炎で苦しみ、今はとても動けないことをハルキに伝えた。


ハルキからは、

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連絡をくれてありがとう。

そんなに具合が悪いのに無理言ってごめん。

回復を心から祈ってるよ。

ずっと、帰ってくるのを待ってる。

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そんなメールが返ってきた。


私の病状は次第に悪くなり、大きな病院に通うようになった。

母も脳梗塞をやっているため、私のことであまり負担をかけたくない。

そんなとき、ダンナから久しぶりに連絡があった。


私は、思わず病気のことを伝えた。

すると、通院に車で送り迎えしてくれる、という。


駅の階段を登るのすらつらかった私は、この言葉に心を動かされた。

母にもこれ以上迷惑をかけたくなかった。


何回か、送り迎えをしてもらい、

数日後、久しぶりにダンナと住んでいた家に戻った。


そこは、私が出て行ったときとほとんど変わっていなかった。


具合が悪かった私は、とにかく、寝てばかりいた。


もう、戻ることはないと思っていた家。

ハルキのことを考えながらも、慣れた空間に少しだけほっとしていた。


ずっとずっと、不便だった。


身の回りに自分のものがあるだけで、かなり気持ちが楽だった。


ハルキと一緒にいたときは言えなかったけど、

限られた服や荷物でなんとか暮らしていた生活は、

やっぱり、旅をしているみたいだった。


ダンナは何かたずねるわけでもなく、普通に接してくる。


毎日がさらさらと流れていった。


私は、ダンナと住む家に戻ったことをハルキに伝えるか悩んだ。


そして、友人に相談した。


すると、友人は、

「絶対に秘密にしておいたほうがいいよ。すごく傷つくと思うから。

 今は実家にいることにしたほうがいい」


嘘をつくことはとてもつらかったけど、

友人の言葉には説得力があった。

ハルキには、実家にいることにしてやりとりをしていた。


それでも、かなり無理があって、とてもとてもつらかった。

ハルキだって、薄々は感づいていたんだと思う。

この頃の私の言動は、とても不自然だったと思うから。


そして、回復してきた私は、ダンナと住んでいながらも、

心の中はやはりハルキのことで一杯だった。


ダンナのこと。

普通に友人としてならなんの抵抗もない。

いい人だとも思う。

だけど、男の人として、見れなくなっていた。

キスすら、したいと思わない。


こんな状態がいいはずない。

苦しくて、苦しくて、いっそ消えてしまいたいくらいだった。


その夜、布団に入っても眠れない私は、

また、携帯でハルキの番号をコールしてみた。

やはり、繋がらない。


気持ちが晴れなくて、胸が痛くて、苦しかった。


試しに、携帯ではなく家の電話番号をコールした。


何度鳴らしても出ない。


・・・それは当たり前か。


もう一度コールしてみた。


カチャッと音がして、消えそうな声でハルキが言った。


「もしもし」


ハルキ、ごめんね。


「なんで、電話してくるんだよ」


ごめん、どうしても声が聞きたくなって。


「俺、この電話も繋がらなくするからね。アリサからの電話、待っちゃうもん。

 そんなのつらいよ」


そっか。わかった。ごめん、電話しちゃって。


ひとしきり、沈黙が続いた。


「ねえ、やり直そうよ。俺、やっぱりアリサが必要だよ」


私は、黙っていた。だけど、胸が張り裂けそうだった。


「どうして、出て行ったんだよ。どうして」


ごめん、ずっと離婚できないことが悪くて、それを責められるのがつらくて、

私となんか一緒にいないほうがハルキも幸せになれるのかなって・・


「俺は、やり直したい」


・・・うん


結局、また電話するね、と言って切った。

だけど、やはり気持ちはもやもやしていた。

袋小路にはまっているようだった。


なんだか、胃がきりきりと痛んだ。


次の日も、ハルキと話をした。

もう一度、戻ってやり直そうか、そう思ったりもした。


本当にそれがいい選択なのか、やはりわからなかった。

また、同じように責められたら、私もつらいし。

問題解決能力がもっとあると思っていたのに。

だめな自分。


ハルキに言われるままに、週末に戻る話が詰まっていった。


やっぱり一緒に居たい。その気持ちは変わらない。


けれど、迷っていた。


それが、身体に影響したのか、どうか。


私は、腸炎になってしまった。


約束の日、ハルキに今日は戻れない、と伝えた。

朝から痛みで転げまわっていた。

医者には、入院が必要だと言われた。


ハルキは、とても怒っていた。


「約束しただろ。なんで約束守れないんだよ」


ごめん、お腹が痛くて。


「そんなの、信じられないよ。今日戻ってきて」


今日は、無理。明日も無理だと思う。


「・・・わかったよ。もういいよ。終わりにしよう。俺、家内のところに戻るよ」


・・・え?


「そうしてほしいんだろ。家内は待っていてくれてるし」


・・・そう、わかった。戻ればいいんじゃない。じゃあ、これで切るね。


電話を切って、ため息をついた。


これで本当に終わりなんだ。


奥さんのところに戻る、と言った言葉に傷ついていた。


実家に戻るとすぐに、ハルキからたくさんの電話とメールが来た。


ハルキ「お願いだよ。こんな形で出て行くなんてひどいよ。とにかく逢いたい」



夕方、実家の近くにあるカフェで、会社を早退してきたハルキと逢った。


手紙に書いたように、私が離婚できない以上、ハルキとこれ以上一緒に居ても

傷つけあうだけだということを話した。


ハルキは、ここまで来て、こんな形で別れたくない。と繰り返し説得してくれた。


それでも、私が泣いているのを見て、決心したようにうなずいた。


ハルキ「わかったよ。別れよう。これ以上苦しめたくない。もう、連絡もしないし、

      アリサのことは忘れるように努力するよ」


私は、ハルキを見つめた。

ハルキも、目を真っ赤にしていた。


実家近くの駅まで、ハルキを送った。


ハルキは、「今までありがとう」と手を差し出した。

私が躊躇していると、「最後くらい、かっこつけさせてよ」と私の手を握った。


そして、振り返らずに、行っていまった。


ハルキの後姿を見送りながら、私は大きく深呼吸をした。


・・・これでよかったんだ。


自然と涙があふれた。


もう、ハルキには逢えない。


そんな現実がまだ受け入れられなくて、呆然としていた。





しばらくして、コールしてみた。

もう、携帯電話はつながらなかった。


メールも、送れなくなっていた。


ほんとうに、これで終わり。


身体中が痛くて、何も考えられなかった。



もしここで終わっていたら、私の人生はどうなっていたんだろう。

今考えても、答えは見つからない。

ただ、これから先のハルキとの関係には、まだまだ大きな試練があった。