お久しぶりです。

 

まだちょっとブログは休止のつもりなのですが・・・・

う~ん・・・

ちょっと精神的にドギツイので、弱音だけ吐きます。

これを読んだ方には迷惑なのはわかっているのですが、何か訴えないとどうにかなってしまいそうなので。

 

 

 

 

 

 

 

思えば「晴れやかな時」なんてなかったように思います。

イジメられ、バカにされ、迎合し、演じ装い・・・・

いつも不満で、不安で、体調も悪い・・・

 

「スカッとする時」は、己の劣等感を一時的に優越感というカンフル剤を用いていただけで、

本当の「晴れやかな時」などでは到底ありませんでした。

 

中学生の頃から今の仕事に憧れて、

受験に失敗して不満たらたらで通った高校も、

この仕事に就くためだと辛抱してなんとか耐えました。

そして今度は大学受験も失敗し、

結局夜間の大学へ進み、なんとか今の仕事をするための資格を得たのです。

 

劣等感を補うために、大学院へ進学し、

研究をやっているフリを続けました。

そしてその研究者のフリも限界に達し、

黙って研究室を去ったのです。

 

同時期に、今の職場へ就職することが決まりました。

あれもやるぞ、これもやるぞと意気込んだけれど、

結局はただの「手伝い」に過ぎなかったのです。

「ずるい人」は私の「他人から認められたい」という渇望を見逃しませんでした。

彼らは私の知識や技術、時間や労力を搾取し続け、

周囲から「先生、先生」と呼ばれています。

 

思えば、私は私に大きな「隠し事」をしていました。

それはたった一人の上司が、もっとも嫌いなタイプな人間であるということです。

この人を嫌ってはいけない、この人を悪く言ってはいけない・・・

そうした思い込みが、自分への「隠し事」となり、

不満はさらに意識の奥深くへと抑圧されていったのです。

これも対象無差別に、他人から好かれたいという「悲しい性」のなせる業でした。

 

30を少し過ぎて、私は「自分には心があるんだ・・・」という発見をしました。

それまで自分の心なんか一切興味など持たず、

私は誰よりも正常な人間だと信じ切っていたのでしょう。

しかしインターネットの恩恵はすさまじく、

私は「自己愛性」「演技性」「境界性」パーソナリティ障害の合併症であることを多数のサイトから悟ったのです。

 

それから、私なりに心の勉強と鍛錬を続け、

「本当の私」とは一体何者なのか?

という最大の問いと格闘し、

ある日突然、その「答え」を知ったのです。

 

このブログを一時休止することを決めたのは、

実はその頃だったのです。

ですから、その「答え」を知った人間として、

それを活かした生き方、働き方ができると希望を抱いたというわけです。

 

去年から決めていることがあります。

それは今年の9月1日に退職を上司に伝える事です。

そして来年3月でここを完全に去るという事です。

その先の事は何も決まっていません。

私の職種はいわゆる「つぶしが利かない仕事」で、

私自身も他の仕事をしたことがありません。

それにもう40に手が届く年齢です。

普通に考えれば、退職なんてありえないのかも知れません。

しかし・・・

解って下さい・・・

もう十分過ぎる程、耐えたのです。

 

できれば、私が苦しみの果てに知った「答え」を多くの人々と共有し、

その「答え」によって、私が救われたように、

同じく心に苦しみと葛藤を抱える人たちが、

その「答え」に出会い、少しでも元気を取り戻すきっかけになって欲しいと望んでいます。

もし、退職後にそんな活動ができれば・・・・

今は仄かにそう願っているのです。

 

ただ、とは言え、この苦しい現実は変わらず、

本当に・・・本当に先が見通せないこの人生が怖いのです。

たまに冗談とも、本気ともつかず、

「片道切符でハワイに飛んで、ハワイ州政府には悪いけど、ホームレスになろうかな」と

つぶやくこともあったりします。

でも、それでももっと辛い時は、

もう擦り切れてボロボロになった

胸元の「自殺カード」を眺めてしまうのです。

 

 

 

あっはっは!!

でもこういう時は、「今」に集中ですね。

苦しみも、悲しみもない永遠の「今」

喜びと感謝と調和の「今」に・・・・

 

 

それでは!

またひょっこり戻ってきます。

この投稿で、気分を害された方がいらしたら、本当にごめんなさい。

でも・・・許して下さい。