姉のことは書き残しておきたくて、その為だけにブログを書いている。

 

私は玲子、小田原出身、今は東京在住。

 

6歳年上の姉がいて名前は弘美、早いもので私たち姉妹も

 

50歳を超えた。交流は全くないので甥っ子達がどうしているのか

 

全くわからない。甥っ子のT史とA史はどうしているのだろう。

 

T史が幼ない頃はよく遊んであげた。T史もA史ももう成人しているだろう、

 

どうしているだろうか。

 

私がどうしても、小田原の家のことと姉の性格のことを書いて残しておかないといけない。

 

弘美の性格だと私を悪者にして、弘美自身がしたことを正当化するからだ。

 

あの人は、一言で言うと、表向きの性格と裏の性格がある人で、私はいつも裏でいじめられていた。

 

弘美の遊びはと言うと、私を遠くに連れて行って、自分だけ走って帰る。そして私が泣きながら

 

歩いてくるのを見ては笑っていた。慣れてきた私が泣かずに歩いて帰ったら、「玲子の心臓には毛が生えてるー!」

 

と冷やかされたこともあった。なので私は、物心ついた頃には、私と言う存在はこの家で歓迎されていないようだと

 

感じていたように思う。弘美の意地悪を書き出せばキリがないのだが、少しづつ書いていきたい。

 

弘美は、人前では性格が変わる。私にも優しくしてくるのだがそれは「優しいお姉ちゃん」と人から思われる為だ。

 

6歳年上の弘美は体が大きくて、力が強くて、来る日も来る日も意地悪だった。

 

弘美は今は浜松市の山手町で、物静かな奥様として暮らしている。昔とは別人のような顔をして

 

暮らしているが、私の記憶の中にしっかりと書き込まれている。

 

弘美が結婚する前もその後も、旦那のいないときには、昔のままの弘美だったことも変えておきたい。

 

弘美は、話し方も性格も一瞬で変化から、私はいつも「ジキルとハイド」の話を思い出したものだ。

 

この頃も弘美の意地悪エピソードはたくさんある。そして、弘美の夫のY彦さんや上の子のT史

 

に知られないように、私が何も話せないように、ものスゴく怖いオーラを送り続けたきていた。

 

私はこれを「弘美の恐怖のオーラ」と名付けていた。

 

私が見てきた弘美は、自分自身のためにしか動かない人で自分を良く見せるために妹の私を利用

 

していた。弘美の宿題をやらされたこともある。学校でカッコつけたい弘美は、中学二年生の頃から

 

寝ないで一晩中勉強するようになった。それはエライことなのだが、

 

弘美はなぜか私を弘美の布団で寝かせたがり、私が嫌がっても力づくで手を引っ張られて

 

弘美の部屋に連れこまれた。6歳も離れていると力ではかなわなかったのだ。私が眠くなると、

 

弘美は怖い話を始めて、私が怖がるのを見て喜んでいた。私はストレス発散の対象にされていた。

 

弘美は、勉強中に眠くなると自分の頭を壁に叩きつけて目を覚まそうとするのだが、

 

真っ暗な部屋の隅にコタツをおいて電気スタンドだけをつけて、壁に頭をガンガンと音がするほどに

 

叩き続ける弘美の姿は恐怖映画そのものだった。

 

まだまだ書きたいことは山のようにある。

 

そんな姉の結婚前のエピソードも書いておきたいが次回にしようと思う。

 

あの頃、私の中に、毎日毎日少しづつ、弘美への怒りが雪のように積もっていった。

 

そして、あれから30年がたったけど、怒りは消えていない。長い間閉じ込められた怒りが凝縮

 

して濃くなっているようだ。

 

そして弘美はと言うと、まるで何も悪いことをしたことがないような顔をして、浜松で暮らしている。

 

冗談のような話だが、精神的ないじめが好きだった姉は、精神病院に嫁いでいった。

 

浜松市中区にある佐鳴K病院のY田さんの家に姉は嫁いでいった。

 

あの人の本当の性格を、浜松の人は、誰一人として知らないのだろう。何も知らないのだろう。

 

このブログに書きたいだけ書いたら、私は全てを忘れようと思う。今までも何度も忘れようと

 

思ったけど、うまくいかなかった。でも、もう忘れたい。

 

書きたいことは溢れ出てくるが、いつまでもこんなクダラナイ姉のイジメの記憶、

 

昔の記憶に関わっている時間がもったいない。もうすでにかなりの時間を盗られてる。

 

もっと早く書きたかった。でも勇気が出なかった。

 

小田原の酒乱の父がなくなり、弘美のお姑さんが老人ホームに入り、T史もA史も成人した今だから、

 

話すことができるし、書くことができるのだと思う。弘美のお姑さんがいる頃だったら、

 

弘美は私が立ち上がれなくなるまで影で怒鳴なりちらしたことだろう。録音しておきたかった。

 

弘美の怒鳴り声を浜松市中区の人たちは想像がつかないのだろうが、事実は一つしかない。