漢文よみ手
于武陵(うぶりょう)
五言絶句〔勧酒〕

勧君金屈巵 
満酌不須辞 
花発多風雨 
人生足別離

君に勧(すす)む 
金屈巵(きんくつし)満酌 
辞するを須(もち)いず
花発(ひら)いて 風雨多し 
人生 別離足(た)る〕

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コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

『厄除け詩集』より 井伏鱒二訳


于武陵が、親友との別離のまぎわに贈った歌。
井伏鱒二の訳は力強いけれど、原詩のしなやかな美しさが好きだ。

良い出会いは別れとなると辛くほろ苦い、
これから離れてしまうけれども
私はいつでもあなたを応援している、
だからいまは気持ちよく呑もうではないか
という想いがあますところなくつづられているように思う。

別れがあるとしても
きっとまた誰かと出会うだろう。
少し似た部分のあるかもしれない違う誰かを
応援し大切に思い…。

朝、6時ごろ目がさめて本を読んでいた。
昨日古本屋で買い求めた『ねむけ』。
犬と猫と人のおりなす物語りのオムニバスで、
アニマルミステリと銘打たれている。
人も動物達もそれぞれが、時間を経て信頼を得て
ひとつの命をいさぎよく生きていくのだった。
そのなかの一つのタイトルは死にゆく道。

ちょうどそのころ祖父の命は終りを迎えたらしい。
ああ、そうかやっぱり、と思う。昨日からどこにいても
なんとなくざわざわと落ち着かない気分は。
本はそんなふうに小さな暗示をちりばめているのだった。

母からの電話でさいごの様子を聞きながら
ようやくしんと静かな気持ちになる。




長い間おつかれさまでしたと
ちょっと祖父を送ってきます。


かのひとに
恩をかえしと
いつの日か

となりにいるのは
少し似たひと。




京都の学校を卒業してしばらくして新緑の
濃くなるころに友人がなくなった。
山で首を吊ったのだった。
一週間前に私の部屋に泊まっていったのだった。
それからしばらくして
友人が子供をおろした。
しばらくして友人の父親がなくなった。
またしばらくして多くの人たちの家族がなくなった。
それからしばらくして友人を自分の事故で
なくしたひとと会った。
それから彼女からこどもをおろしたと言われた
ひとと会った。
そして自分の父親がなくなった。
それから。

自分が生きて来たなかで死に対面するのは
それほど多いとは思えないけれど、
今まで
読んできた本や映画や、音楽はすべてそんなときに
必要だったのだった。あるときにはがらくただった。

だからからっぽなのと同じだった。

からっぽだったのでひどく響いてまだうっかりすると
片隅に残響がある。
それでもいい。私はからっぽを得てきたんだ。


親なんて、という哀しいことばは
私にはもう言えない。
生きている間にであれば、あのとき怒っていたんだと
言えるし、嬉しかったもいえるし、ありがとうだって
言える。ごめん、だって言える。
あまりに好きすぎて、嫌いだと言うのだって、
いましかできない。

私が生きているのは今この瞬間で、此処にしかなくて
あのひとが生きているのも、今この瞬間で、此処だけだ。

明日じゃ遅い。

今しかない時間をどう生きるのか、いつでも
自分で選んでいる。
いつも多くのものが足りないし届かないけれど。

今は寝ると決めたので、早く寝るのだ。



最近、まわりの大事な人達から立続けに優しい言葉を貰って
泣かされてばかりいる。
素直じゃないので実際に会っては泣けないんだけどさ。

思うんだけど。みな優しすぎるね。まったくもー。



ありがとう。

ウィンドウズの今までの環境、メール一式、その他。
壊れるときものごとは繋がっているらしいとわかる。

荷物を背負い過ぎたと気がついたなら、手放して置いていこう。