「実家に帰らせて頂きます」

よく聞くような

でもドラマやコントでしか

聞いた事ないような…

そんなセリフ笑



隣県に住む母が

3年前の秋に亡くなり

誰もいなくなった実家に

月に何度か通っては

細々した物を片付けていた


大物の家具や家電は

あらかた処分し

タンス2つとベッドを

我が家に運んで

部屋を空っぽにしたのは

去年の夏の終わりだった



その実家の売却が決まった


やっとの一段落に

安堵した気持ちと同じくらい

足元が揺らいだような不安感泣


このマンションに

母が引っ越したのは

私の結婚後なので

私はそこに住んだ事は無い


長く滞在したのは

2人目の妊娠初期

つわりが酷く

2歳児だった上の子に

手がまわらないでいるのを

見かねた母が

招いてくれた時だけか?


なので

それほど今の実家への愛着は

自分には無いと思っていたのに…



生まれてから

小学校を卒業するまでは

小さなアパートに住んでいた

そこはだいぶ前に取り壊され

跡地には

新しいアパートが建っている


子どもだったからなのか

家の中の記憶より

外での思い出が多い


家の前の遊歩道に沿って

植えられていた黄色い薔薇

砂糖を沢山入れた紅茶のような

甘い香りが大好きで

落ちた花をほぐして嗅いでいた

よく遊んだちびっこ広場や

ラジオ体操の空き地



その後引っ越して

中学から高校卒業後までは

祖父の家の近くに住んでいた

以前ブログに書いた

あの金縛りにあうホラーな家…魂



思春期反抗期を過ごした

この家の思い出は

楽しい事もあったが

窮屈で苦しい事の方が多かった…


晩年の母は

随分まるくなっていたが

この頃は酷かった

絵に描いたような教育ママ雷

娘の行動を全て管理して

自分の思うように縛り付ける

毒母に近かったように思うもやもや


卒業したら絶対ひとり暮らしプンプンダッシュ

それを夢見て

ひたすら我慢の日々だった


数年前仕事で

その家の近くに行った時

前を通ってみたが

草木がボーボー生い茂り

まるで廃墟…ガーン

向かいの大家さんの家も

同様だったので

管理する人が誰も

いなくなったのかもしれない



子ども達もおとなになり

コロナ禍もあって

実家に行けない時もあったけど

「実家に帰らせて頂きます」

そう言って

もっと帰ってあげれば良かったな…


ひとり暮らしには大きすぎる

あのダイニングテーブルは

きっと私達の為だったんだよね


母が使っていた鍵と

私が預かっていた鍵を

2つ合わせて

買い主さんに渡した

「よろしくお願いします」

そう頭を下げた後

泣きそうになって目をそらした