最近考える。

私がやってる勉強は左翼の思想だと自覚し始めている。



修正主義の歴史観、教科書問題、靖国、ナショナリズム…

そういうものに抵抗したいから勉強してる。

そういうものが、怖いものだと感じるし、そういうものに染まりたくない、流されたくない。

やりたいからやってる。



自分が「分からない」を言い訳にして、どっちの立場にも立とうとしなかった頃から

自覚的に、自分の政治思想と向き合えてるのかもしれない。


親は右だろう。だからたまにケンカもする。

でも、それを先生に相談したら、そういう人は多いみたい。

女の子が単純に父親や親というものを嫌悪する時期とは違う意味で、

思想的に、生き方として、親から隔絶したものを形成する時期が今なんじゃないかって。



踏み絵を踏まされたら、私は絶対左翼的な人間だろう。

新しい教科書を作る会、靖国賛美、田母神賛美…全部嫌い、対抗したい。

左のすべてがいいわけじゃない。

あたしは馬鹿な左翼にはなりたくない。



そんで、ある人は言う。

名古屋は昔から左翼的な教育が強いところだから、

気がついたら左翼的思想になってるのかもしれないから気をつけろと。



そんで分からなくなる。

私が「対抗したい」と思う気持ちが、作りモノが自発的なものか。



そんで嫌になる。

私が本当に喧嘩したい相手が何なのかも分からずに、

相手が嫌いだから、で自分の、先生の思想を信じてるから、

だから左翼の側にいるのか。

いつ自分はこっちがわになったのか分かんねえから、

余計に考えては、自分の根元の薄弱さが嫌になる。



それで、さらに私に喧嘩売ってきたやつに嫌になる。

お前はアナーキーのつもりか。ぶってんじゃねえ。

自分が何にも染まってねえみたいに簡単に言うんじゃねえ。

確かに世の中簡単に2つに分けられねえけどよ、


それならお前をここまで連れてきた思想や教育を解剖してみろよ。

自分が何にも関係しないところになんて、自分を置けやしねえぞ。




なんて、いろんなものに噛みつきたくなる。

ま、8月だしね。考えるしね、そういうこと。


今年も官僚さんたちは行くのかなぁ~靖国。

広島の被曝者認定訴訟のあの寛容な処置、結果としてはたくさんの人が救われるのかも

しれないけど…

まるで選挙の時期に合わせて、被爆者の人たちを利用してるみたい。

「核の傘」が必要だなんて発言した人だもんね、

人の人生なんて、きっとそんなもんなんだろうなぁ・・・



「第3の核攻撃を受けないために核武装が必要」、なんて言った人もいるしね。

もう世の中完全に右傾化してくんだろうか、これから。

本屋に行っても、小林よしのりとかの本がでっけえ顔して置いてあるし、

田母神の本なんか平積みされてるし。

メディアはきちんと取り上げないしね、麻生発言と田母神発言。

週刊誌で毎週毎週馬鹿みたいに北朝鮮を取り上げてるのにね。




国家がどういう人間を作りたいのか、透けて見えるみたいで気持ちわるい。

考えない人間を作りたいんだろうね。考える人間は、戦う国家には邪魔だもんね。

田母神みたいなのが日本中講演で引っ張りだこの状況。

右は、声が大きすぎる。

「北の脅威」なんて言えば、日本国民誰もがビビって自分の国が「強く」なることを望む。

「国を守る」って言ったら、だれもがついて行く。ついてくる、そんで何でもやる、なんでも信じる。




このままだときっと、だれも考えないようになる。

隠されて見えないものは、無いものになる。

語られないものは、無かったことになる。



あたしそういう場所でそういう状況に甘んじて生きたくない。

一生考え続ける人間になってもいい。

そんでもいいから、そういう生き方したい。





「優しいものは とても恐いから
泣いてしまう 貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで
どうか私とワルツを」         鬼束ちひろ「私とワルツを」


「蛍」からちーちゃんにはまり始めました。

でも楽譜がなかなか見つからない…


今日はネギ焼きを食べました。
1年前のお昼ごはんも広島でネギ焼きを食べてました。

グルキャンの予防接種のために1日宿泊をキャンセルして

無理やり帰ってきた あの一人旅から1年。

名古屋から9時間かけて行った18きっぷでの旅から1年。
4畳半のちっちゃーい部屋で食べた初めてのコンビニおそばが

忘れられない旅から 1年。

あのとき会った人たちは、元気かなぁ~


あのころ私が広島をどう思い、何を求めて行ったのか、

今すごく思いだしたいのに、 よく分かんなくなっちゃった。
きっと今私が1年前の私に会ったら腹立ちそうなこと考えてたと思うのに。

どうでもいい記憶ばっか残ってるや。
人間の記憶なんて、そんなものかな。



イラクで被曝する子供、チェルノブイリ、六ヶ所村、ヒバクシャ、
肥田先生の講演会、DAYS JAPANとの出会い…

すべては「被曝」への関心から。
NHKスペシャルを、原点に帰るような気持ちで見てた。


核実験と死の灰。食物連鎖によって内部被曝し、ガン・白血病に苦しむ人々…
彼らを治療せず、ただデータを取るためだけに作られた研究所。


「恐れを知らぬ 自惚れた人は 宇宙の力を 悪魔に変えた」
なんて、誰かが歌ってたのを思い出した。


ロシアが行なった核実験の瞬間の映像を見た。
被害状況を調査するために、核実験場に家を建て、羊を放していた。
家が一瞬で壊れるのを、羊が吹き飛ばされるのを見た。


でも、見えない被害は実験場の外にも起きた。
この不可視性に、どれだけの人が苦しんできたんだろう。
これまで、そしてこれからも。


「広島」は、正確に地図の同心円で語られる。
被曝者の証言のほとんど全てに、自分が当時爆心から

何点何キロにいたと いう証言がつく。不思議なこと。

そうやって記憶しなくちゃいけない状況が あったんだろうな。


見えない被害を、一貫性のない被害を、なんとか見えるようにして、
見ようとしてか見ないようにしてか、線を引こうとして、
「ここからここまでは安全、ここから向こうは汚染されている」なんて
線引きをしていたドキュメンタリー映画の1シーンを思い出す。


線を引くということは、定義するってこと。
線を引くということは、分かったことにすること。
線を引くということは、線の内と外を作りだすこと。
救われる人と、救われない人を生み出すこと。



私たちはすべてを理解できない。
すべてを救済することはできない。

線はひかなくてはいけないのかもしれないし、
見えないものは存在しないものにしなければ安心できないのかもしれない。
でも、私が一貫性に求める正当性って一体何者なんだろう。
科学的でなければ信じられない、認められない強迫観念って何だろう。


時々自分の価値観はおっかないものに思える。

先日、平和映画祭の事務局さんと一緒に、県大の先生にご挨拶に行って来まして…


映画祭から早くも2か月半過ぎました。


World Peace Cinemaがこれからどう動けるのか、ほんとうに見えませんが、


あいち平和映画祭はこれからも続けていくと。


さすがに4年目をやり遂げる、継続の力はすごいです。



1回だけでぽしゃらないように、若者組も頑張らないとね。



なので、今回県大の先生から賛同をたくさんもらったということもあり、


一人、私の学科の先生の所に事務局さんといっしょにご挨拶に行ってきました。






先生はとても面白い人で、


県大の卒業。スペイン学科にいて、ペルー大使館に勤めて、帰って来て、


名大の院で法学やって、今は憲法が専門なんですが。




先生ってのは、自分の専門があって、それだけに信条も

きっと強いんだろうけど、

それを学生の前で言いたがる人と絶対言わない人がいる。


どちらが教育的でどちらが教育的でないかは一概には言えないけど、

わたしはその先生の授業のなかで一度も、「憲法9条が大事」だとか、

「平和が大事」だとか、聞いたことなかった。



自分で考えろ、ってことだったんだろうな。

9条に対しては同じ学科の教員のなかでもいろんな意見があるみたいで、

「国の最高法規で天皇の地位を特別なものとして認めてしまった条項が、

9条の美徳によって覆い隠されてしまっている。憲法といえば9条という安易な連想を

生み出して、なんの疑問もなく平和国家としての誇りを持つようになってしまった原因だ」


っていう人もいて、私はそれも納得できる議論なんだよね。




で、その先生は院生のころから憲法会議とかと絡みがあって、自分自身が結構活動家と関わりが

深いこともあって、学外活動をやる学生への理解がすごくある。

きっと自分自身の信条も強いんだろうし、本当は学生に、

自分の国で起きていることにもっと敏感であってほしいと思っているし、

「軍隊や武器が日本には必要なのか」と問うときに「戦うのは自分じゃない」という前提から安易に

「軍隊が必要だ」と答える学生には、国を動かすのも変えていくのも自分たち自身だし、

何かを守るのも自分たち自身だという当事者意識を持ってほしくてヤキモキするんだそうだ。



それでも、「こうじゃないのか」とか、「こう考えるべきだ」っていうことは、絶対提示しない。




作りたい人間を作るのが教育じゃないんだな。

腹が立っても、じりじりしても、

芽が出るための土を耕し続けるのが先生なのかな。



なんて、普段知らない先生の苦悩の一面を見た気がした。