目黒区で起こった虐待事件。
5歳だった船戸結愛ちゃんの書いた
悲痛の叫びともいえる手紙、
その他課せられていたルールなどがニュースで何度も流れた。
こういう虐待事件が起こったときに
真っ先に思うのは、
「見たくない」
現実で起こっていることから逃げ出したくなるような感覚。
「見ない」
その選択もアリだろう。
でも私はなんとなく、
「ここで嫌なニュースから目を背け、
知ろうとしないことは、
虐待の事実を知って何もせず見捨てた大人と一緒なのか。」
と考えるようになった。
私が今でも鮮明に覚えている虐待のニュース。
【大阪二児餓死事件】
あれほどトラウマになったニュースは無い。
何日も犠牲になった子供達のことを考えてしまっては苦しみ、
まず母親を恨んだ。
でも調べれば調べるほど
浮き彫りになる他の問題。
「父親はなにをしてたのか」
「母親の家族はなにをしてたのか」
「児童相談所の対応」
「泣き叫ぶ声を聞いていた近所の人は?」
「母親だけが子どもを殺したのだろうか?」
誰にも助けてもらえず孤立していた母親像が浮かぶ。
だからといって母親のしたことは
許されることではないし、
一番の被害者は子供たちだ。
ただ、”社会から孤立した母親”…
そのつらい気持ちがわかってしまう。
私はシングルマザーで5歳の子どもを育てている。
頼れる実家は無く、
追い詰められたときもあった。
幸いにも私の周りには助けてくれる親戚、
子どもの父親、
周りの友人の助けがある。
でももしそれが無かったら。
母親にだけ「完璧な母親像」を世間から求められ、
自分を追い詰め、
心が病んでいたかもしれない。
自分は絶対そんなことしなかっただろうか。
正直、育児をしていたら
状況によっては一瞬の心の弱さで
”虐待”の道に進めてしまう。
子供を真っ直ぐ見ている
どの親の真後ろにも”虐待”があって、
振り向かず前を向く。
振り向きたくなる瞬間はなんと言っても
”孤独”なんじゃないだろうか。
この【大阪二児餓死事件】をきっかけに
高卒だったが、保育士資格を取った。
(※実務経験が必要になるので受験資格だけで約4年くらいかかってしまった。)
元々子どもが好きだったのはあるが、
今はそれよりも虐待される子どもを少しでも減らすために
母親を孤独にさせない為に、
ファミリーサポートなどに加盟して
少しでも育児のお手伝いが出来ればと思った。
もちろん自分が育児中で手一杯なので、
育児が落ち着いたら…と思う。
そしてオレンジリボンに加入した。
こうやって自分に”できること”を考える。