外出先や自宅あるいは複数のパソコンから見られるD-FAXを利用してみた。
アドレスはこちら

http://www.d-fax.ne.jp/

実際使ってみると、便利なことこの上ない、というのはメールの時代と言っても
FAXで資料を送ってくるというところは多い。

不動産関係は何かの資料請求あるいはファックスでの注文は出来れば、
パソコンあるいはスマートフォンでみたいものだ。

料金は初期費用のみで、後は送信者が普通のファックスと同じように
通常の料金を払うだけなのでカクヤスで、印刷しなければ紙代も省略できる。

この手のサービスは多いかもしれないが、必要なものが低コストで出来るのだから
個人法人問わずに利用する価値がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
D-FAXは、パソコンのメールソフトを使用してFaxの受信を行うので、
Fax機器は必要ありません。さらに、Faxの受信料金は無料※1!

初期登録料のみでご利用いただけます。また、登録と同時に無料で
配布される着信通知端末※2によって、外出先でもFaxの受信を確認
することができます。もちろんモバイル環境があれば、同様に外出先で
Faxの確認が可能です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マーケティングは、簡単に言えば、集客だと思う。
この集客をおろそかにすれば、どんなにいい商品を持っていても
売れない。

集客ととらえれば、いろんなことが考えられる。
例えば、どんなにおいしいカレーライスでも山奥にひっそりと
やっていれば近所の人しか来ないだろう。

しかし、イベント会場や、駅前に店を構えていれば、水っぽい薄いカレー
でも「まあ良いか」という感じで売れてしまうだろう。

素人が店を出すときは、ほぼ90%以上の人がここで躓く。
こんなまずいカレーが売れるのだから、俺のおいしいカレーは
売れるぜと。

しかし、いざ、店を出そうとすると、駅前に店を出すだけの
資本力はないのだから、
人通りの少ないところに出すことになる。
いや厳密に言うと、そうせざるを得なくなる。
探しているうちにだんだんと・・・

でも、俺のカレーなら売れるぜ、一度食べてくれれば、
違いがわかるはずだと。

結果は残念ながら、売れない。
なぜか?

確かにおいしいかもしれない。
しかし、残念ながら、わざわざ、食べに行くほどあなたのカレーは
おいしくないのである。店はうんざりするほどあるし皆忙しいのだ。

これが現実だし、私の感覚からすると、こういう間違いが多い。
さらに、度つぼにはまるのは、ここで、
コンサルに頼ってしまうことだ。

ここは、人間の住む町だが、ある意味、一度ビジネスを始めたら、
弱肉強食の世界だ。救世主と思ったら、ハゲタカなのだ。
後はお掃除やさんが来るという自然のおきてが待っている。

さて、話は戻るが、事ほど、マーケティングは大事なのだ。
まず集客ありきなのだ。

でも、あのケーキ屋さんは不便な場所にあるのに売れているよ。
あのラーメン屋さんは不便な、わかりづらい場所なのに
売れているよ。
味さえよければいや商品が大事じゃないかという反論があるはず。

ごもっともな意見だ、商人であれば、商品にこだわりを持ち商品を
磨くことの重要性は論を待たない。

しかし、では、そのケーキ屋さんやラーメン屋さんは
何の集客手段も持たなかったのだろうか。

例えば、テレビや雑誌などのマスコミに紹介されていないのだろうか?
例えば、口コミは起こらなかったのだろうか?

マスコミや口コミなどもマーケティングの立派な手段だし
強力な手段だ。

マーケティングはあくまで集客手段だ。いくら、
集客しても粗悪な商品では
成約しない、リピートもしないはずだ。

そういうこともひっくるめて、売り上げが成立するし、
経営だと思うので、
マーケ以外のことも大事だ。

でもマーケティングをしっかりやらないといずれにせよ、
可能性がない話になってしまう。

特にインターネットの世界ではスピードが速いので、絶えず、
情報収集して研究する必要がある。

マーケティングは奥が深くて広い、だから面白い。


朝食に何を食べるのか?
最近、朝食を食べないで、学校や会社に出かけて、
健康が優れないとか、
頭がボーっとしているとかという話題を見かける。

本当だろうか?
頭が働かないのは、おそらく、頭が働くきっかけになるブドウ糖が
足りないということだと思う。

朝食をしっかりと食べなさいというが、たんぱく質はすぐに栄養分と
なりシャキッとするものではない。

むしろ、朝食に限らず、普段の食事で、しっかりとたんぱく質と主に
野菜に含まれる成分とカルシウムをバランスよくとることのほうが大事だろう。

朝食をとらないからだめなのではなく、子供の場合は夜更かしして、
夜遅くまでおやつや加工食品を食べているとか、大人の場合、深酒や夜遅く
ジャンクフードを食べているなどの問題の方が深刻だと思う。

では、朝食はどうしたらいいのか?
いろいろ実験したが、最終的には、果物と野菜ジュースの結論となった。
そして、午前中に生水を少しずつ取るのがよい。

最近、血液の流れがわかるスコープのようなもので、画像を通してみたが、
私の細胞はまっすぐになってぴんぴんしていた。
測るほうも驚いていたが・・・

血液が澱んでいるかどうかは、何を食べているかに、かなり
影響されるものだと思う。

私の場合、朝、果物を食べたり食べなかったりだが、野菜ジュースは、
毎日どんなに忙しくても欠かさない。

野菜ジュースは市販のものではなく、自分で作るものだ。
基本はニンジンとリンゴ、これを1年通して毎日やる。
400CC ほど飲んでいる。この量を他毎日食べるのは難しいはずだ。

お好みで、グレープを入れたりレモン、パイナップルを入れたりする。
クエン酸が取れるので、体によい。

健康本でもニンジンやリンゴの効用が言われているが、確かに、
この習慣を続けて、ちょうど2年になるが、調子はいい。

実年齢よりも若く見られるのも、このおかげかもしれない。
最も子供は、まだまだ、これから体を作る年齢なので、
野菜ジュース以外にもご飯をしっかり食べさせている。

大人の場合は、朝は食べ過ぎない方が良いと思う。
特にデスクワークの仕事の人は、多分にカロリーオーバーで
ついつい食べ過ぎている。

なかなか夜の食事をセーブするのは難しいのだから、朝の食事を
セーブして調整するのが良いのではないか?

私の場合は、もともと胃腸が強いのだが、それでも、食生活が
乱れてくると多少悪くなる。

そういう場合は食べないようにしている。
食べすぎや飲み会が続くようなときは、
頃合を見て、プチ断食をするのだ。

といっても、これもいたって簡単。
朝と昼を食べないだけ。野菜ジュースは飲むし、生水は飲む。

おなかがすいてしょうがなければ、多少のおやつをつまめばいい。
無理をする必要はない。

そうすることで、胃腸を24時間休ませて上げれば、元気になるはず。
その間、新鮮な水を流し続けるのだ。

イメージとしては下水道管と一緒。
油物や消化しにくいものを流し続ければ、
管の周りが痛んだり、汚れたりするものだ。

中を掃除をすることができないのだから、休ませて、自然の力で
回復する時間を作るのがよいと思う。

何を食べるのか、人生、健康が土台だから、すべての人のテーマだと思う。


人間、生きている限り、現役だ。
当たり前の話だ。でも、忘れてしまう。
楽なほう、都合のよいほうに流れてしまう。

売り上げが今日うまくいかない。
それは昨日までの中に理由がある。
だから、明日からの売り上げのために、種を植えるべきだ。

売り上げが調子がいい。とてもうれしい。
それは、昨日までの努力の成果だ。乾杯しよう。
しかし、明日になればわからない。
だから明日の種を植えていかなければいけない。

今日売った株が明日上がっていた。とても、悔しい。
でも、株は上がるか下がるか、どちらかだ。

何を言いたいというと、コントロールできるのは、今日だけだ。
昨日までの栄光、昨日までの挫折は過去のことだ。
将来のばら色の夢、将来に対する不安も手の届かないところにある。

できることは今日、精一杯生きるということだ。
精一杯とは、しかめつらして、がんばることではない。
真剣に生きることだ。

真剣に遊び、真剣に学び、真剣に仕事をする。
遊びを心から楽しみ、出会いを喜ぶことだ。
他人に心から愛情を注ぐことだ

でも、ついついできていない自分がいたりする。
そんな時、はっとさせられる話や尊敬する人物に出会うと、
わが身を振り返る。

自分自身もそうありたい、他人に生きる勇気や元気を与える存在でいたい。

過去の栄光や肩書きは確かにその人を眩しく輝かしいものにする。
しかし、本当に輝いている人は体の中から、オーラが出てくる。

それは、社会的地位や肩書きやら、年齢は関係ない。
何気ない日常生活の中で働く人の中にも、そういう輝きを持つ人に
出会うことがある。真剣に生きるからこそ出てくる本当の輝き・・・

自分もやるぞと力がわいてくる瞬間だ。
2006年も残すところ、4ヶ月である。

今年を象徴する事件というのは、日本では、やはりライブドア関係になるだろう。

しかし、まだまだこれからいろいろとありそうだ。
9月4日には、ライブドアの裁判は始まる、
9月6日は、紀子様の出産、
そして、阿部新総理の誕生というのが織り込み済みだ。

ビジネスにおいては、やはり、景気回復と一種の首都圏の不動産バブルと
調子がよい1年だったはずだ。

インターネット社会でもこれから益々モバイル化が進むことになるだろうし、
インターネット社会が、リアル社会の領域を侵していくのは間違いないだろう。

世界に目を向けると、やはり原油高というのは、世界経済には
相当ダメージを与えるだろうし、
おそらく、アメリカ経済は失速していくことだろう。

阿部新総理は、新憲法制定を公約に掲げているが、
このことにピンと来る人は少ないのではないか。

憲法改正というのは、権力を持つ人間はやりたくてしょうがない。
一方で権力を持たない一般庶民というのは、民主主義でありながら、
知識水準が低いため無力だ。

その啓蒙手段として、マスコミが一翼を担うのだろうが、そのマスコミ
があまりにもお粗末だからしょうがない。

もちろん、マスコミは、朝日のように、時代錯誤の主義主張をしても
問題ないが、事実をきちんと正確に捉えるという努力を
起こったっている点は大いに問題だと思う。

靖国問題ひとつとっても、新聞やテレビではまったく情報が入ってこない。
つまり、読者なり、視聴者が、判断できない状況なのが、問題だと思う。

事実というのは、水戸黄門のように、単純明快な問題ではなく、
あるいは二者択一のような問題でもない。

複合的な意見が無数に存在している状況をまず伝えないといけないと思う。
これは経営と共通の問題だと思う。

今年は、ある意味、10年単位で見ても大きな年であると思うが、
その中で、自分なりに分析して、自分の人生なり仕事の
軸を改めて点検していくべきだと思う。

その意味では、9月というのは大変重要な月になると思う。

点というのは日々の出来事、線というのは、そこにある一定の法則性
(因果関係やグループわけなど)を見つけ出し、現在から未来にかけて
羅針盤とすること。

しかし、この点を集めて、線を見つけることが難しい。
たとえば、何の法則性も感じられない星の集まりに対して、
星座をつけていく作業のような感じだろうか。

日々の中で、自分にとって、幸運なことやよくないことというのは、
ある意味、平等に訪れるような気がする。

ただし、結果が違うのは、外部の現象に対して、
どういう態度をとるかによるのだろう。

自らの不運を嘆き、他人のせいにして、
落ち込んだりやる気をなくすのか。

それとも、決して自分にとってよい話しでない状況で、
やるべきことを探し、実行して、事態を少しでも好転させるのか。

他人の芝生は青く見えるとはよく言われることだが、それは、
青く見たいから青く見えるだけの話だ。

大事なことは、自分の庭の芝生を直視して、
やるべきことに正面から取り組むことだ。

人生というのは、覚悟を決めていないと、何をやってもだめだが、
覚悟を決めると、強いと思う。

覚悟とは、逃げないということだ、立ち向かうということだ。

過去の戦史の中でも、背水の陣を引いた軍が、
奇跡的な勝利を収めることがある。

人間という奇跡は、
この覚悟の状態になったときに神秘的な力を発揮すると思う。

点としてみるか、線としてみるか、それは左脳的な論理思考というよりも
右脳的な面、感情ともつながる。

覚悟というキーワードをインストールしたときに、
はじめて見えてくるものだと思う。

金がある、人がいる、ある一定の地位を気づいている状態では、
覚悟は生まれないだろう。

覚悟というのは、魂の奥底から出てくるものだ。
出てくるには出てくる理由があると思う。
今年の甲子園決勝戦というのは、延長再試合と、
何十年に一回の名勝負だったと思う。

ここまで、盛り上がったのは、やはり、駒沢の3連覇という話題が、
大きく貢献しているだろう。

正直、私は、東京だが、早実ではなく、駒沢を応援していた。
なぜか、ここまできたら、3連覇を達成してほしいと思ったからだ。

もちろん、私は、駒沢の関係者ではないし、高校野球ファンでもない。
しかし、自然に巻き込まれてしまった。

ここに応援される法則というものがあるので整理してみたい。
ところで、応援されると、何でいいのか?

当たり前の話だが、お客に応援されるほどありがたいことはないだろう。
価格競争に巻き込まれない、リピートが高くなるなど、いいことだらけ。
売上も利益も上がる。

反対に応援されないとどうなるか?
しょうがなく買っている、クレームを言われる、値切られると散々だ。

では、応援されるためにはどうしたらいいのか。
例えば、駒沢の場合、まず、目標が明確かつすごい目標だった。

これ以上なくわかりやすい目標、相手にも伝わりやすい目標。
達成たらすばらしいと思う目標。

そして、ひたむきさがあった。泥だらけで一生懸命。
さらに、決勝までがドラマチックであった。

目標というのは、他人から見たら、ある意味、達成したらジェラシーの対象だ。
だから、スポーツでも憎たらしいほど強いとアンチファンが出てくる。

しかし、今回の駒沢の試合振りは、逆転に次ぐ逆転でハラハラドキドキだった。
そこが、一種の応援する原理なのだろう。

他人は、難しい目標や、達成が難しい状況などのときに応援したくなるものだ。
こうしてみると、ビジネスにおいて、テクニカルなものも大事だが、
まず応援される状況を作ることが大事だと思う。

ビジネスというのは、ある意味、人の時間やお金を奪うものなのだ。
奪われる方の納得感が大事だ。お金を払ってよかった、協力してよかった。
それが、最高点に達成されると、感動を生むものなのだ。

商品がすばらしい、サービスがすばらしいは、もちろん大切だ。
しかし、もっと大切なことは応援される環境を自ら作ることだろう。
先週後半からのパソコン故障は、私にとってよい教訓になった。
そこで、感じたこと、学んだことを整理してみたい。

まず、このように、インターネット社会になると、ある意味、
大概のことはみんなできてしまう。

つまり参入障壁がだんだんなくなってきているということだ。
今までは、調べる方法がわからなかったり、知らなかったために
ビジネスチャンスを逃してきた。

しかし、ほとんどの情報が、オフィスないし、自宅にいながら
手に入ってしまうと、ネクタイ締めて、通勤電車に乗ってという
世界は遠くなりにけりだ。

機会の平等というのが、今までは、参加件を得た会社同士の話で
あったのが、参加権は、手を挙げれば誰でも得られるということに
なってしまう。

こうなると、誰が、競争相手なのかも分からない時代に来てしまうのだ。
強いて言えば、意図的に参入障壁を作ることしかないと思う。

例えば、銀行業の免許なんかもそうだ。

そうなると、どういうところで、差別かないし、生き残りを図って
いくかというと、それはずばり、リスク管理だと思う。

例えば、パソコンの例で言うと、パソコンなどは、はっきり言って
誰でも作れるし、熟練労働者も要らない。

だから、価格競争になると、既存企業はきつくなるはずだ。
しかし、誰でも作れるものや価格競争に陥ったものでも、
非価格分野で生き残ることはできる。

それが、リスク管理だと思う。
パソコンも含めて、サービスなり、ものを買うときは、安ければ安いほどいい。
当たり前の話だ。だから、ネットで買うときは、価格比較をして買う。

しかし、それは、あくまでも、そのサービス対価を受けられる
前提での話だ。

壊れないのは、ある意味、当たり前だと思って買っている。
壊れる前提で買うのは100円ショップぐらいだろう。

今の現代の日本を眺めると、高速通信時代になり、
日本社会のインフラも成熟化してきた。

リスクということをあまり身近に感じない世の中になっている。
しかし、よく考えてみると、最近の新聞をにぎわすのは、
このリスク管理の問題ばかりだ。

耐震問題、プールの事故、パロマの事故、個人情報の漏洩・・・
われわれが、当然大丈夫だと思うことが、まさかの事故を
起こしているのだ。

ここに、現代のビジネスの確信を突く問題があると思う。
価格にばかり目がいく中で、大事なことが忘れ去られて、
しかも、その大事なことをきちんとやる会社が少ないのだ。

こうなると、ユーザー側も価格が一番と考えていたのが、
リスク管理が一番と考えるようになるだろう。

当たり前だが、得をしたいということよりも、まず、
安全確保が第一だからだ。

マンションを買うなら、任せられるところ。
ネットサービスを利用するなら、情報管理がしっかりしているところ・・・
パソコンを買うなら、壊れないところ、壊れてもすぐ対応してくれるところだ。

そうそう、書き忘れたが、われわれは、ごく一部を除いて
素人だということも認識するべきところだ。

マンションを買う人の99%は素人だ。当たり前だ、マンションに住んだ
ことがあっても、買うのはほとんど初めてなのだから。

こうなると、買う側は、素人にも優しいサービスを
してくれるところを探しているのだ。

では、伝統のある企業が有利か?
大資本、大企業が有利か?

私は、反対だと思う。
こういう時代だからこそ、零細企業やベンチャー企業が有利だと思う。

なぜか?
経営者が、現場に精通して、顧客の痛みをわかる立場にいること。
責任が明確であり、現場の情報が逐次わかることなどが理由だ。

しかし、こう考える人もいるだろう。
顧客が、安全とか安心を求めたら、やはり小さい企業や名もない企業
からは買わないと。

私は、逆だと思う。
名もある企業が、不祥事をどんどん起こしている。
そして、組織防衛から、揉み消しや、言い逃れが多発している。

だから、大いにチャンスがある。
しかし、ただ、闇雲にやっても信用は得られない。

お客がどういうことに不安を感じて、どういうケアをすれば、
信用してくれるのか
あるいは、認めて納得してくれるのか、そのためにどう対応するのか。

そこがポイントだと思う。

2005年ぐらいまでは、利便性や価格を追及する時代だったと思う。
その象徴は大型小売店や100円ショップのような店舗や利便性を
追求したコンビニだったと思う。

そういうものが台頭する中で、中小の店舗、駅前店舗は
軒並み衰退した時代だった。

2006年以降は今度は、価格や利便性がひとつの既成パターンとなり、
安全や信用を求める時代になったと思う。

だから、ベンチャーも、従来型ではないアプローチをすれば、
大変面白い時代になったのではないか。