2016年9月23日
しんのすけは天国へ逝きました。
余命宣告をうけた後の2ヶ月間を記録しましたが、
実際は2月から痛んでいる姿が見られ病院を転々としました。
約9ヶ月間の戦いは私に色んな試練と同時に強さを与えてくれた気がします。
今でも側にいる気がしたりしなかったり
思い出しては悲しくなる毎日です。
最後は書かないと決めていましたが私の大きな転機となった2016年。
しんのすけの事を残しておきたい気持ちが強くなり書く事にしました。
8月からどんどん悪化する状態の中、彼は随分頑張っていました。
酸素テントをレンタルしました。
これがなかなか彼は気に入らなかったみたいで。
中に入っていた方が楽なのは当然で呼吸は落ち着くのですがハウスに慣れていないせいか側にきたがり這いつくばり出てきてました。
呼吸は落ち着きますが中の温度や湿度の管理が難しく何度もの出入りで酸素濃度が薄くなっていたと思います。
一番気になったのは壁ができてしまう事でした。私はこの酸素テントの隣に布団を敷いて睡眠をとっていましたがやはり眠れませんでした。
酸素テントがというより彼が気になってしょうがなかったのかもしれません。
9月に入ってから本格的に危ない状態が続きました。
その頃から病院へ行くのも困難となり自宅での治療がスタート。
口が開かずゴハンはおろか薬はまず飲めません。水も舐める程度に。
夜の点滴とお薬の効果で8時間ほど少し楽に眠れていました。
私もその時に仮眠をとっていましたがそれでも気になり眠れない毎日。
彼の首輪にはお守りと鈴がついていてその鈴が鳴るたびに起きていました。
ただその鈴のおかげで彼が這いつくばり出てきている事にも気づけて今でもその鈴の音が聞こえる気がします。
そして9月は彼の誕生月でした。
誕生日まで頑張ってほしいという想いが届いたのか、
それより誕生日まで生きるという事を目標に彼自身が私の為に頑張ってくれた気がします。
なぜなら彼は誕生日に亡くなったからです。
私がしんのすけのお母さんになった日です。
その日は午前中にケーキを買ってきて、もちろん食べれませんがチラッと見たり匂いを嗅いだりしていました。
彼の大好きなさつまいものケーキ。
夕方を過ぎた頃に肛門が開き水の様な便が出ました。
その前から彼はお外まで連れて行かないとおしっこを出さなかったのでこの日もバギーに乗せてお外へ。
抱き抱えた瞬間、彼の首がガクッとなりました。
慌ててバギーへ乗せ部屋へ戻りましたがその時息をひきとりました。
その抱き抱えた右手の感覚は今でも忘れません。
頭の中が真っ白になり、覚悟は何度も決めていたのにただ叫んだ事を覚えています。
目をちゃんと閉じてあげること、手や足を曲げてあげること、
最後にしてあげれる事を何一つできませんでした。
ただただ抱きしめていました。
一緒に眠り次の日の夜にお別れをしました。
その時の記憶はとても曖昧です。
2016年9月23日 午後5時40分
元気にしてるかな?ゴハンは沢山食べてる?
思いっきり走っていますか?
私は今でもあなたを想っています。
これからもずーっとあなたを想い続けます。
沢山の笑顔と優しさを忘れずに生きてくからね。
しんのすけありがとう。
しんのすけだいすき
2016.12.31




