こんにちは

 

 秋も深まりました…更けゆく秋というように、秋だけは季節の移ろいをこんな風に言うようです…他の春や夏、冬にはない表現です…

 

 深くとは気配が濃くなること、日に日に静かになってゆくことを表します…その先に待っているのは…すべての景色の色彩が溶けて、白と黒の世界、静寂に帰ってゆくこと…次への始まりの準備なのでしょう…美しい言葉です…

 

 あるいは燃える夏の喧騒の後の静けさ…祭りの後の秋なのかもしれません…儒教の世界では人生を重ねて、春を青春(青)、夏は朱夏(赤)、秋は寂しさを表す白秋(白)で冬を玄冬(黒)と言います…

 

 秋は僕たち凡人を詩人や哲学者のように思慮深くしてくれるようです…

 

 「秋の日のヴィオロンのため息…」に物の哀れを感じたり…「秋深し、隣は何する人ぞ…」と隣人の気配に思わぬ注意を払ったりするのも…最近はこんな無関係性が喜ばれているようですが…空が高く感じるのも祭りの後だから…「食欲の秋」では食いしん坊になります…これも何もない冬を越えるために腹をいっぱいにする生存の技術と言えるのかもしれません…熊は冬眠で何もない冬をやり過ごします…

 

 「柿」は古来から日本の山里を彩ってきた大事な点景…無彩色なキャンバスに柿の赤を置くだけで…秋の活気を表します…

 実際柿はどこの家々にもありました…春には白い花をつけ、やがて子供の頭のような可愛い青い実があちこちの枝にぶら下がります…そして葉を落とす頃、熟した柿の実がなります…木のてっぺんの赤い柿の実を一つ残しておくのが木守=きまもり…鳥や神様へのお礼です…美しい日本の神様への捧げ物です…

 

 遠くの山の赤い柿の木が揺れます…渋柿が甘くなるのを待って猿が木を揺すって実を落とします…赤い実が消えた山にまもなく雪が降ります…深々と…

 

 柿にも甘くてすぐに食べられるものと、口がひん曲がるように渋いの二種類があります…この渋い柿の皮をむいて軒先などにぶら下げて日に干して甘みを出したのが干し柿…白い粉を吹いて、先人の知恵です…

 

 柿には太郎に二郎、市田や御所、あんぽに百目、富有に樽柿など全国にはまだまだ沢山の種類があります…いずれもそれだけ身近な実だったということです…

 

 また葉の強い抗酸化を利用したのが柿の葉の押し寿司…煎じたり患部に貼ったりと、俗に医者要らずと言われて重宝されました…

 

 さらに渋柿の皮から抽出した「柿渋」、防水性に優れ虫除けの効果もあります…

団扇や傘に塗ってあったオレンジ色の塗料です…から傘を開くと独特の匂いがしました…ガキの頃なつかしい匂いです…

 

 僕たちがガキの頃は折れやすいから決して登るなと言われました…また俗に「桃栗三年柿八年」…それだけ育つのに時間がかかるということです…桃栗三年、柿八年、柚子(ゆず)の馬鹿野郎十八年と続きます…十八年とは確かに気の早い江戸っ子には馬鹿野郎です…あははは…だけどこんな小さな実に十八年もかかるとは…大事な酸味と香りです!

 

 秋を詠んだ名句に「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」というのがあります…

正岡子規の句です…彼の高弟の河東碧梧桐は「柿くうて おれば鐘がなる 法隆寺」と受けます…愛弟子ならの愛情を感じる一句です…

 

 柿の好きだった子規は「柿食うも 今年ばかりと 思いけり」と考えます…翌年彼はこの世を去ります…34歳の若い死でした…迫り来る死の影に耐えていたのでしょう…

 

 店先に「柿」の並ぶ頃です…「去年(こぞ)の秋」を思い出させるのは柿だけかもしれません…柿をひとくち、子規を気取ります…去年の今頃、自分は何をやっていたのかなぁ…って!

 

 

 今日もありがとう

 人生も白秋を過ぎ、今はとうに玄冬のこの身…でも心だけはいつでも青春や朱夏でありたいと願っているんですが…

 それも人生です…ね、ご同輩!