私の両親は、私が小学生の時に離婚しました。

 

私は、母の実家(県外)へ引っ越すことになりました。

 

私はもともと父のことが大好きでしたが、

年齢的に、あまりもう父親べったりという年頃ではなかったことと、

離婚の直前1年くらいは、

いつもイライラしており、私への八つ当たりも激しかったので、

なんとなく気持ちが 無く、

離婚後は電話をかけることも、手紙を書くこともほぼありませんでした。

 

わたしは転校先で友達とうまく接することができず、

夏休みの40日間、だれとも会うことがありませんでした。

いつも覇気がなく、

なんとなくうつ病になってしまい、

言葉も出ず、食欲もなく、

足は棒のように細くなりました。

 

寂しかったんでしょうか。

 

そのころ、半年だけ

無言電話がよくかかってきていました。

 

そのとき確信していたのは、

母親の彼氏(不倫相手)から ということです。

母親が電話にでれば、そのまま会話し、私が「もしもし」とでれば、なにも言わずにガチャンと切られます。

 

絶対そいつだ、 とは言い切るような証拠はないですけど。

 

離婚直後は母の実家に身を寄せていましたが、

一年ほどで、諸事情から実家を出て、

アパート暮らしをすることになりました。

 

 

わたしはかつて正社員として働いていました。(2015)

子どもがいることもあり、時短勤務をさせてもらっていました。

 

給料は総支給で13万。社保なし。

 

途中で昇給しました。手取りは13万円でした。

 

この数字   なんかきらい。

 

 

(最終的には「お前みたいなやつとは働けない  無理」という理由で

クビになりました。)

 

ある日のこと

 

仕事で、ある資料の作成を頼まれました。

その出来が気に入らなかったようで、

 

そいつはキレました。

 

「すわれーい」と言って座らされ

向かい合わせで1時間の説教。

 

(説教はいつもほかの人が誰もいないときに行われます。

奴は足を組み、上になった方の足を突き出します。

靴のつま先が私の膝にコン・コン と何度も当たります。

私はあたらないように膝を キューっと限界まで曲げますが、

それでも 突っつかれます。

イラっとします。)

 

そいつ自身は話しているうちにヒートアップし、

顔を真っ赤にしていきました。

 

それで勝手にブチ切れ、

プロのかるた取りのような恰好で机を バーーーーン と叩きました。

 

びびりの私は 肩をビクンとさせて、

 

そこからはカタカタ震え、 

「けして そのようなつもりではありません てした」と言葉を詰まらせました。

呼吸がまともにできなくなりました。

 

その説教の後も心臓がバクバクし、

仕事をしようとしても手が震えてキーボードがまともに打てなくなりました。

 

そのあとも仕事をするのが怖くなり、

ミスをしたらどうしよう またキレられる

と考えたり、

 

机を平手でハジかれたときのことを

何度も繰り返し思いだし、

その恐怖から抜け出せなくなりました。

 

その後、

「こういうことをされて、わたしは辛かった」という説明をするために

夫の前、

或いは 労働基準監督署にて

自分がされたことを再現して見せました。

 

結果は とてもドン引きしていました。

わたしの暴力的な行動に口がポカーンとあいていました。

 

そりゃそうですよね。

気ちがいですもんね。

 

私は、30代の既婚者で、子供がいます。

 

私の両親は私が小学生のときに離婚しています。

 

母子家庭で育ち、特に反抗期もなく、勉強や部活に励み、

父が裕福で養育費をくれていたこともあり、大学院まで行かせてもらいました。

 

大学生以降は下宿して自由に暮らしていましたが、

母子家庭時代は、母親とその彼氏に酷い目に遭わされていました。

 

20代後半で身寄りのない他県へ嫁ぎました。

しばらくは平和な暮らしが続いていましたが、

2015年は上司に蔑まされ、

2016年は舅と戦争

いつもボロボロでした。

 

わたしの嫌いなひとは、

実母と、舅、義姉、元上司、代表選手はそれくらいです。

 

つらいことが多かった私の人生。

気持ちの整理のために、ここに書かせていただきます。