本の選択 ~謝罪~
モンテスキューの本を手にとりぺらぺらとめくってみる
迷った・・フランス文学には触れたことはないはず。
映画でさんざん『わっ わからん! フランス映画 』
という苦い経験があって トラウマ状態になっているのかもしれない。
ここからは1人芝居が頭の中で始まる。
『今の健康な状態を脅かすような物語だったらどうしよう・・・』
単純な性格上、コンディションとバランスはもっとも大切だ。
10分ほど考えて
『またの時にチャレンジしてみよう』と
モンテスキューは棚に返した。
暫く日本の著名な作者のコーナーを眺めていると
福沢諭吉の『学問のすゝめ』が目にとまった。
そういえば有名な一説以外どんな本なのか
よく知らない。手に取りぺらぺらとめくってみる。
レ・ニ点書き(今でも言うのだろうか・・)の解説付き
だったが、他の解説も並行して読んでみようと
2冊購入し今週通勤電車の中で読んでいる。
今の時代とは生き様が違うので厳しさも感じるし
考えの違う部分も多々みられるが
同じ考えの書文も多い
『天は人の上に人を作らず』を冒頭にもってくるあたりが
以降ところどころでてくる厳しさはすべて愛の上に
成り立つのだとも読める。権利の主張はなすべきことを
成してから発言するよう促す文も尤もだと思いつつ
今の自分と比べるに値しないが
自分はどうだ?権利ばかりを主張していないか?と
ふりかえってみたりもする。
読むごとに『すいません』と心の中で謝罪をしながら
揺られる電車の中で 今があることに感謝している。
今でもいつでも 日々学んでいる
皆そうだと思う。
♪えらい~人になりたいのちがうねん。なんかちがうねん♪
(ウルフルズ歌詞引用)
これからもうひとふん張りしないといけない時期に
入ってきている私に『なぜ学ぶのか』を再確認させてくれる
学ばぬことを選ぶより学ぶことを選んだほうが
ずっと生き易く 若返るような気がするから
学ぼうとするのだとも思う。自分を大切にするとはそういう
ことのようにも思っている
本の選択 ~上手に誘って~
本屋はいつも戦争だと 感じる。
情報波及はネットだけで充分と感じている人は
少ないのだろう。
知り得たい情報は上滑りになでるだでは
探究心はおさまらないが専門となると
選択するのはひとにぎりの少数派となる。
本屋のディスプレイがレジに近づくほど
ニーズ 価格 収益 と 運営の母体を
つかさどる働きを行い
天井までさしかかる高い奥の棚では専門書籍が
誰が主人になるのかを見定めている。
私はレジ近くの本は殆ど選ばない。
なぜかしら、あの手軽さにうさんくさく感じてしまう。
かといって、専門書に手を伸ばすのは
音楽以外何もない。
レジ前本を絶対買わないと決めているわけでもない
上手に誘って欲しい・・いつもそう思う。
ある程度の経験を積んだ女性の心理とは
そういうものではないのだろうか。
伝えたいことがあるから書いている本は
地味でも魅力的だ。ぶれずに咲く枯れない華だなと
私は感じている。
本の選択
久しぶりに先週本屋に足を運んだ。
最近本といえばamazon.com
日数は多少かかろうとも、費用が多少かかろうとも
自宅まで運んでくれるあの便利さについつい
週末ワンクリック・・
悪習慣だな・・と思いつつも時間も短縮できるという
メリットは『休日は用事が無い限りでたくない!』
私にとってはありがたいもので
活用ツールの一つとなりつつある。
本屋に足を運ぶと ついつい長居してしまうのが
私の悪いくせ・・やらなきゃいけないことは
山のようにあるのに
結局今日も楽譜を1時間 古い本を1時間あさった。
楽譜はさておき、私はあまり現代小説を買わない。
現代小説で最近読んだものは会社の同僚に
1人一冊ずつおもしろかったという
お薦めの小説を借りたものだけだった。
本を選択するにもその人の個性がでていておもしろい
仲のよい同僚が貸してくれた小説は女性の結婚をテーマ
に書かれていたもの。
同じ年頃の女性に薦められたのは
生と人間を題材にしたもの。
男性に薦められたものは仕事がらみの
私達が日頃行う活動に反する意見のものだった。
役所とまではいかなくても
揺るがぬ基盤をもつ企業には
反論も多い。契約社員とはいえ恩恵は受けている
甘んじて異論は受けるのが彼流の考えなのだなと
そんな風にも思った。
私の周りは真面目な人が多いな・・と感じる
判断材料にもなる本の選択。
いや、もしかすると、私ならこんな本があうのではないだろうか?
と貸してくれるのかもしれない。
本の貸し借りひとつで色々なことを考える
つづく
私の仕事
私の仕事は・・
人を変えることではなく
残っている時間を 最高の時間として生きることだと思っている
たわいもない笑いは時間を共有したものと分け合い
深く付き合う相手とは 心おきなく話あえ
読む本からは 心を学び
聴く音楽からは 感動を与えてもらい
知らない土地では文化を学び
美味しいものからは生を受け継ぎ
夜毎変わる風は時の流れを知らせ
自分が今ここで息をしていることに感謝する。
幸せとはなにかと問われた時に
美しいことだけを述べて生きていたい理由は
理想やきれいごとさえ言えないような世の中なら
私は導をなくしてしまうから
絡まる現実を振りほどいて前へ 前へと進もうとしているのだろうと思う。
今となっては 自分のことで 涙することもなくなった
好き勝手生きていると 非難されても
何かのせいにして
私はあなた達のために生きているのよとは言いたくない
何かのせいにして
あたかも自分は被害者なのだと主張していく道はえらびたくない。
違うと思うこと 好きと思うことに素直でありたい
すべて自分が選んだ事
まだ見ぬ”あなた”の瞳が 私と似たようなものをみつめているなら
きっといつか あなたと 私は出会うでしょう。
偶然という奇跡の中で・・・・
便利になったな・・
便利になったな・・そんなことを思った。
母が留守にするので夕食の支度を頼まれた土曜日
何を作ろうかと冷蔵庫をあさる。
買い物はメンドクサイ
あるもので作るのがモノグサの鉄則
料理好きの母が管理する 冷凍庫にはなにやら怪しげな
食材がスーパーの袋やら ラップにくるまれて 放置されている
凍った肉の見分け方は仕分けしたものにしかわかるまい・・
・ ・ ・ ・ ・
とっとにかく・・・
作ってみるかと 適当にネットのレシピと材料を照らしあわせながら
作るものを考えた
おしょうゆメーカーやら おソースメーカーやら
やたらレシピが多い
しかも、野菜やらお豆やらあるものにチェックすると
その材料でできるレシピが出てくるではないか・・
私が始めて料理をしたころを振り返ってみた
たしか・・・
料理本みながら あれたりない・・ これたりない・・
と結局 適当にやって食卓にはたらずまいのおかずが出来上がる
それでもなんとかかたちになる日は よしとし、
沈黙の弟妹の口をふさぎ 成長の糧にしたものだ。
いびつな 組み合わせになることなんてあたりまえ
味噌汁に浮かぶきゅうりのあったか汁は
今でも我が家の伝説とかしている。
根菜おいしい 秋の夜
料理ベタ なんて言葉はもう皆無
感心した。
