「セピアカラー」
あゆみを見かけたのは一年も残りわずか・・・というある日のデパ地下だった。
正月も近く買い物の人々でごったがえしていたが、すぐに彼女だとわかった。
私はセピアカラーの写真を思い出していた。
思わず立ち止まった私の視線を感じたのだろう。顔を上げた彼女がこちらに気づいた。
つかつかと近づいてくるなり「お久しぶりね。元気だった?時間あればお茶でもどう?」と誘われた。
本当はすぐにでもその場を立ち去りたかった。
地上に上がって手近な喫茶店に入り、お互いに向き合っていると不思議な感覚に陥った。
居心地が悪くなるどころか、つい一昨日もこうしてお茶を飲んだかのように会話がはずみ、自然と笑顔になる。
まるでタイムマシンで高校時代に戻ったみたいで、自分でも驚いた。
同級生や恩師の近況、当時の思い出話で一通り盛り上がった頃、あゆみがぽつりと「そういえば立原君と明子が結婚したんだってね。」とつぶやいた。
一瞬胸が詰まったが「そうなんだ。初恋を貫いたんだね。」と答えた。
するとあゆみは「あなたは今どうしているの?」と少し怒ったように問いかけてきた。
「今は会社員やってるよ。なかなか階級も給料もあがらないけどね。」
少しおどけて言うと、「そんな事を聞いているんじゃないの。異性関係はどうなの?」
相変わらず、ズバズバ物を言うなぁーと心の中で苦笑しながら
「そっちか・・・。今付き合っている人はいるよ。来年には一緒になるつもりだよ。」
「そうなんだ。」
「あゆみこそどうなの?」
「私は・・・今は一人よ。」
「そうなの?あゆみなら引く手あまただろうに。」
高校生の頃から彼女は眩しかった。
まつげは長く、目も二重でパッチリ。肌は透き通るように白く、髪は柔らかいねこっ毛でゆるくカールしていた。
他校生にも人気があり、ファンクラブもあったほどだ。
その彼女が化粧を覚え、色気を身にまとい、年月を経て女らしい優雅な仕草をも自分のものにしている。
そんな女性を男性達が放っておくわけがないのに。
しかし、あゆみは寂しい笑顔を浮かべながら「そんなこと・・・。皆にちやほやされても、自分が想うたった一人に想われなきゃ意味ないのよ。」と溜息まじりに漏らした。
その瞬間、頭の中に過去の映像がフラッシュバックした。
立原君の笑顔、あゆみと話す立原君、教室の片隅でひっそりと本を読んでいた明子、セピアカラーの写真。
「あなたも立原君のことを想っていたんでしょう?」あゆみの声が響く。
そうだ・・・私も立原君が好きだった。少しでも振り向いて欲しくて同じ写真部に入部したし、彼が興味のある写真のことを猛勉強した。
あゆみのように美しくない私は、部活動を通して彼と会話を交わし、その度に親しくなってゆけるのが嬉しくて仕方がなかった。
しかし彼が選んだのは最も地味で目立たない明子だった。
今思えば、彼はクラスで浮いている明子を何かとかばったり、気にかけたりしていたのだ。
そして問題のセピアカラーの写真。
文化祭の写真展で彼がセピアカラーで撮った明子の横顔を大きく引き伸ばした写真を展示したのだ。
結局それがきっかけになり、二人は正式に交際するようになった。
事実を知った時のあゆみの落ち込みようといったらなかった。
私も辛く悲しかったけれど、時の波に洗われ、気づけば甘酸っぱい思い出に変わっている。
あの時のこと、あゆみはまだ引きずっているのかな・・・。
すっかり暗くなった繁華街の中、あゆみと別れた。
「自分が想うたった一人に想われなければ意味がない」さっきの言葉とあのセピアカラーの写真があゆみの後姿に重なった。
しばらく見送っていたが、やがて人込みに紛れて見えなくなった。
私は踵を返し、冷たい北風の中コートの襟を立てて家路を急いだ。
了