以前の記事で書いた身近な方の死のことです。


とある事故で亡くなってしまい、突然の死でした。

今後まだ裁判などが行われる可能性もあるので詳しくは書けないことなんですが

報せから葬儀のことまで

感じたことを少し吐き出させて下さい。


亡くなったのは私の夫と同年代の方で、一家の大黒柱として働き、未成人のお子さんがおられました。


年に数回顔を合わせる機会があり、周りにとても気遣いができて、ユーモアもあり周りを和ませてくれる、そんな方でした。


仕事中に夫から訃報を聞いた時には信じらず、淡々と目の前の仕事をこなすしかない、という感じでした。

退勤時間になり、ユニフォームを脱いで"仕事モード"が抜けると同時に

ブワッと涙が溢れてきました。

だけどまだ信じられないという気持ちでした。


帰りの電車では涙が溢れないように、難しい歌詞の曲をイヤホンでリピートしながら、ひたすら歌詞に集中して考えないようにしていました。


保育園に子どもたちを迎えに行き、バタバタと忙しい食事やお風呂に追われている時間はあっという間に過ぎました。



夫は報せを聞いてすぐ搬送先に向かい、ご本人と対面していました。

帰宅した夫からご家族の様子などを聞き、実感が湧いてきて夫の前で声を上げて泣きました。

だけど、これもまだ本当の実感ではなかったんです。



検死などが行われた関係で、葬儀は少し日が経ってから執り行われました。


日が経っていたこともあり、葬儀場に向かう道中では私は涙することなどなく

保育園に預けた子どもたちのお迎え、何時くらいになるかなぁ、とかそんなことを考えていました。


葬儀場に着き、故人の遺影が飾られているのを見ると

本当に死んじゃったんだ、と本当の本当に現実であるということをここでやっと理解して涙が止まらなくなりました。


故人のお父様がいらっしゃり

『この度はご愁傷様でした』

そう言いたいのに声にならず

逆に

「悲しいね、悲しいね」と優しく声をかけてもらいました。


お父様の顔をみたら、子供に先立たれることの悲しさは

計り知れないものだなと思い、胸が詰まって言葉が出せなくなりました。


喪主は配偶者の方になりますが、

配偶者の方と、そして子供たちは

葬儀の手配などで忙しく過ごしていたこともあってでしょう、

悲しみに暮れているという感じではなく

気丈に振る舞っておられました。



私と夫は係をお願いされていたため、葬儀の間は係の仕事をこなすのに一生懸命で

涙を流す余裕はなくなっていました。



前述の通り、優しくてユーモラスな方でしたので、交友関係も広く、

葬儀には同級生や同年代のご友人がたくさん参列されていました。




…長いので分けますね

続きます