またネットに独り言きいてもらおうかとおもい、IDを思い出すのに必死でした。
2か月ほど、とある事情でネット社会に頼らない生活を強いられていましたが
また元の生活に戻ったので、またもネットに独り言を聞いてもらうことにしました。
今日は、朝っぱらから残酷なニュースの裁判模様が流れていたので
あまりに具体的、という前節を聞いた時点で、
目に触れないよう出勤してみたものの、
またいつもみたいに、ネットニュースをぼんやりと無意識にスクロールしてたら
気がついたら、その裁判模様の赤裸々な裁判やりとりをすっかり読みきっていた自分がおりまして、
しまった!、と思い、次のページにクリックすることはやめましたが、
きつかったです。
途中までですが、気持ち悪くなりました。
こんな惨たらしい経緯を、被害者遺族は聞かなければいけないのでしょうか?
ただでさえ、家族を失うことはつらいのに、
どこまで苦しまなければならないんでしょうか・・・
なんだか、居た堪れず、そばにいた同僚に、こんな記事を読んでしまった、読むべきじゃなかった。
と吐露してみたところ、
へぇ、私は全然平気、そういう本とかいっぱい読んでるから表現が生々しいのとか全然平気!
知り合いに解剖学者がいるけど、その人とか普通に肉を煮たりするらしいよ!
嫁に鍋は別にして、といわれるらしいけど、と、返された。
彼女の論点はまるでおかしいいのだが、
きっとこれも彼女なりのあえての言い回しで、
私が自分には関係ない世間で騒がれている事件にのっかって
野次馬根性で会話したがっているウザさを窘めているつもりだったんだろうけど
私の切り出し方もそう思われてもしかたなのない出だしだし、
違うとか、変だ、なんてわざとらしく言い返すのも面倒だったし、
とりあえず聞き流すことにしてみた。
かといって、続きを読む気にもなれないので、これ以上の野次馬をすることを断念しますけど、
記事さえ最後まで読み切ることのできない私がなにを思うの?
と、思うけど、
遺族側はこういった惨たらしい写真や画像を使うことを許諾していた、とのことですので
きっと相当な覚悟を持って、裁判に参加していたんですよね。
そうじゃなければ、できれば拒否したい事実。
知ることによりさらに自らを悲惨に巻き込む事実。
それはもう開示する前から十分にわかっていただろうに、それを許諾している、という
その事にまたなんというか、苦しくなりました。
ほんと、
被害者遺族の方はどこまで苦しめばいいのでしょうか。
判決は無期だったらしいですが、
死刑になったところで、心の平穏などおそらく皆無だと思います。
どちらでも、ひとつだけ受け止めるべき事実が増えるだけで
苦しみはなにも変わらないと思う。
でも、いつか刑がおわったあと社会復帰する可能性がある状態で
この事件を締めくくられるのと、
一番重い罪として認識された、という遺族側の気持ちはだいぶ違うんだと思います。
こういう気持ちが野次馬っぽくて同僚にウザがられるんだろうな、とも思いますけど・・・
ウザがられるのもきついんで、
こんなところで、独り言を吐き出したりしてます。