(以下後節)
かつて日本においても、敗戦後GHQから漢字を廃止して、ローマ字のみを使う指示が出されそうになった。 その時政治家は言語学者を動員して日本語には同音異義語がどれほど多く存在するかを説明し、ローマ字のみでは意思疎通が不可能なことを理由にGHQを説得し漢字の使用禁止には至らなかった。
残念なことに韓国はこれと全く逆の道、自らが漢字教育を廃止し、ハングル文字のみを用いる方向へと進んだ。 日本統治時代の教育の反発と、ハングル文字を発明した自国の誇りの結果だろう。 ハングル文字のみの使用によって、日本の主張、すなわち日本語に漢字が不可欠だとした理由の顕著な例が現れた。 同音異義語に関する混乱である。
韓国も元々日本と同じ漢字文化圏に属していたので、漢字の同音異義語は非常に多い。 これを表音文字であるハングル文字のみにすると、その語がどの意味で用いたかの判別は大変困難となる。 このような状態から何が起きるのだろうか。
韓国の識者が危惧したように語彙の減少、つまり単語の選択範囲が狭まったのだ。 書物を読む場合には、前後の文脈から同音異義語の1つを正しく選択することは可能であろう。 漢字であれば一目見ただけで意味がわかるのだが、ハングル文字のみであれば、前後を読み返し読書に時間を要することになる。
会話の場合はもっと深刻である。 同音異義語の選択が会話の速さに追いつかない。 漢字があれば、話の進み具合から適切な意味の漢字を速やかにイメージできる。 しかしハングル文字のみであれば、同音異義語の選択に手間取り、相手の話の意味が十分理解できずに過ぎてしまう。 このことから相手は自分の話を十分理解しているのか、また相手の言いたいことを自分は分かっているのかという不安がつきまとう。
その結果、似た語彙群を用いる集団内では会話に安心感があり、信頼できる人間関係が築くことができる。 他方、異なる語彙群を多用する集団に対しては、違和感があり壁を作ることになる。 これが前述した国民性①を生じさせる原因であろう。
通常人間関係を構築する場合、会話を重ね議論を深めて相手の考え方や立場を理解するところから親しい関係が作られる。 しかし誤解を恐れて同音異義語の使用を抑制し語彙の減少を招いたハングル社会においては、会話による人間関係は狭い範囲の集団でしか成立しない。
このような状況下で、幅広い人間関係を築く場合に何が必要なのだろうか。 韓国においてその指標に社会的ステータスを用いることになった。 家柄、学歴、職業、収入などを手がかりにして人物評価をした。 ただこの社会的ステータスには上下関係が付随する。 どこの大学を卒業したのか。 職場は財閥系か中小企業か。 それが国民性②の序列社会を生むことになる。
人より上の立場を目指し、大学受験は熾烈な競争である。 また優越感を得るために ブランド商品で身を飾ったり、美容整形によって美人を意識させる心情が起きる。 つまり国民性④にある見栄を張る性向である。 無理な浪費を繰り返すことにより借金漬けになる社会問題も発生する。
人間関係に問題が生じた時、理性的な対話によって合理的な解決が図られると考えることが一般的だろう。 しかし語彙の選択肢の少ないハングル社会においては、残念なことに論理的かつ冷静な対話より、感情的な対立になりがちだ。 大声で相手の非を主張し、自分は正しい被害者だとする立場を取る。 常に被害者意識を持ってトラブルに対処する。 これが国民性③の被害者意識を持って絶えず相手を誹謗することになりがちだ。
以上のように、韓国人の国民性はハングル文化、ハングル社会に大いに起因すると考えられる。 私はこの記事で韓国民を侮蔑する意図も ハングル文字の欠点を論じるつもりも全くない。 私が希望することはただ一つ、隣人に漢字を学習してほしいということだけだ。 情報伝達の機能を持つ優れた手段を切り捨てることはその社会や文化の一部をそぎ落とすことに他ならない。
漢字の習得は困難だが、一度覚えると知的な世界を大いに拡大することができる。 過去の公文書、歴史書、文学書などが理解でき、自国の歴史をより深く知ることができる。 人間関係、歴史、政治、外交などを客観的に理解することができる。
150~200年前に朝鮮半島を訪れた海外の外交官、宣教師、商人たちの紀行文や 報告書から、李氏朝鮮当時の社会の様子を理解してほしい。 日韓併合に反対していた伊藤博文が暗殺された悲劇、暗殺によって直ちに日韓併合に導いた暗殺者を「祖国の英雄」に奉る喜劇、このような歴史の悲喜劇を知ってほしい。
35年間の日韓併合期間の前と後で、識字率が6%から20%に上昇し、人口が2倍になった事実を考えてほしい。 戦後に当時の韓国の国家予算を上回る賠償金を支払い、日韓二国間での最終的な懸案を解決したことや、歴代の首相が戦前の行為に対して陳謝を繰り返していたことを確かめてほしい。 1997年のアジア通貨危機において日本が韓国にどのような援助をしたかを調べてほしい。
文字とは 学習効率の優劣を競うものではない。 人間の精神のいかに奥深い部分を描写できるかに注目しなければならない。 ハングル文字には漢字が不可欠だ。 漢字を学習して自国の社会、歴史、文化についてもっと理解を深めるべきだろう。 そして日韓両国間にどのような歴史があったかを正確に理解することにより、良き隣人としてお互いを尊重しあえるだろう。