arekara365のブログ

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すっごく久しぶりの投稿。

今日少し心が揺さぶられたから。
きっかけはヤフーニュースに載っていた、
とある女性シンガーの毒母の記事。

レベルの差はあれど、
きっと私の母も毒母。

そう思ってるから気になるんだよね、
きっと。

久しぶりにアメーバにログインして、
過去の記事を読んでみた。

別人みたい、私。

母のことを恨んでいない。
大好き。

って書いてる。

私の経験なんて大したことないから、
ヒトリゴトとしてここでつぶやくしかない、
なんてことも書いてる。

まだ一生懸命に自分を守ってたんだな。
私の母は毒親ではない、私は幸せに育てられたんだ!って必死で自分の過去をいいものに塗りかえようとしていた。
って今の私は思う。
もちろん、書いていたことは全部本当のことで実はもっとひどいことをされていたわけでもないんだけど。

必死で母を恨まないように、
って無理してたみたい。

そんなに無理しなくていいのに。
お母さんのこと恨んでるでしょ?

経験してきたことは大したことない?
人生狂ったのに?

って今の私は思う。

母にブチ切れたのが4年前。
そのことはこのブログにも書いた。

実はその2年後くらいにもう一度一悶着あった。
ブチ切れた時に、母から
「今ひどいこと言われたわ!今までの人生全てを否定されたんだから!」
「今は思い通りに生きてるんだからいいじゃない!」
と言われたことへの恨みつらみをぶちまけたのだ。

もう時間が経ってしまったので、
詳しいことは全く思い出せないんだけど、
この時の話で私の気は済んだ。

この時どうしても言いたかったこと。

「思い通りに生きてるんだからいいじゃない!っていうのはあまりにひどい。お母さんからしてみたら全く意味が分からないと思うけど、私は自分の人生を取り戻すためにそれまでそれなりの苦労をしてきたんだから!」

ということを伝えたのだ。
あの母に。

母は、
「お母さんは悪かったと思ってるの。だからあなたの育児をサポートできるところはしたいと思ってるし、なんでも自分が力になれることがあるならと思ってる。
もっとこうしてやればよかった。ああいうことをさせればこの子の能力をもっと伸ばせてあげられたんじゃないか?って思うことがたくさんある。」


と言った。
耳を疑うような一言だった。

「それはもっときちんと聖書のことを教えればよかったとかじゃないの?私が本当にしたかったのはそんなことじゃないよ。得意だったマラソンを伸ばすために陸上部に入りたかったな、とか、あの人が好き、なんて気持ちを押さえつけたりすることなく、人間らしく生きたかったことだよ。」

との私の再度の問いかけに、

母は
「もちろんお母さんが言ってるのもそういうことよ。」
と言った。

ちょっと信じられない。
あの母が?

だからもう一度聞いた。

「でも、お母さんは人間の前にJWなんだ!と昔言ったことがあったよね。だから、私が社会的にはまともな人間に育ってもJWじゃないというだけで育て方を間違った、と言ったよね?
その基準で考えると、今思い通りに生きてるんだからいいじゃない!って言うけど、でもJWじゃないから滅びてしまう、バカな生き方ということになるよね?それでも私が今思い通りに生きてるんだからいいじゃない!って言える?JWとしてじゃなく、1人の母としての意見を聞きたい。」

とそれはもうボロボロと泣きながら。

きっと母は、
「お母さんの基準はJWのものしかないから」と言葉を濁すかな?と思っていたら、

「お母さんはarekaraが今幸せそうで良かったと心から思ってるよ。」

と言った。

私は驚きつつも、
やはりどこか冷静に本心じゃないなと
思いもう一度、、
もう一度聞いた。

「だってJW的には、JWじゃないから死ぬんだよ?それでも幸せそうでよかったと言える?お母さんにとって多分とても大切な私の命がかかってるんだよ?それでも今の私の生き方でいいって言える?」

「言える。そう思ってる。本当にそう思ってるから。」

と母は泣きながら答えた。

「arekaraが初めて本当はイヤだったと初めて言ってきた時から、どうやって謝ればいいんだろう?って考え続けてきたの。でもどうやって謝っても許してもらえるものじゃないって思って‥。手紙を何度も書こうと思った。でもできなかった。だから罪滅ぼしにいまこうやって出来る限りのサポートはしようと思ってる。」

とも言った。

もう私も何も言えなくなった。

それでも、
未だに現役のJWの母が思い通りに生きている私の生き方をそれでいい、と認めることなんてあるんだろうか?

JWってそんな宗教じゃないと思うけど‥。

なんて気持ちもあるんだけど、
母が私の今の生き方を認めているのは、
真実なのだろうと思う。

それはもしかしたら諦めの気持ちなのかもしれないし、でももしかしたら、私を1人の人間として認めてくれたのかもしれない、とも薄っすらと思っている。

もう2年も前のこのバトルを境に、
私の中の虚しい気持ちもかなりなくなった。

きっと、
一番わかってほしいと思っている母にわかってもらえないこと、がなくなったからだ。

母は分かってくれた。
と期待するには早いかな。
もうよく分からない。

まだ少し虚しい気持ちになるのは、
感情を押し殺していた子ども時代を思い出す時。
お友だちと思い切り遊んだり、スポーツに打ち込めたら、今の私とは全く違う人格になっていたんだろうな、と存在していないもう1人の私が眩しく見えるからだ。

今の自分に自信がないのは毒親に育てられたから。

なんて言うと今の流行りみたくなりそうでちょっと気持ち悪いけど、多分そうなんだと思う。

昨年40代に突入した私。
死ぬまでにこの虚しさもなくなったらいいな。
それは無理かもなー。なんて思ったり。

さて、この記事も今までと同様に泣きながら書きました。

こうやって客観的に書くと気持ちが整理されるね。
母への恨みつらみ、少し消えました。
実家に帰省しても見事になーんにもしない娘に文句ひとつ言わずご飯を作り、孫たちの面倒を見てくれる母。
感謝しなきゃ。

お母さん、ありがとう。