あの日あの時
30年前の今日、三連休が終わり、また普通の一週間が始まると思いながら爆睡していた。
突然背中を突き上げる衝撃!そしてグラグラと自分が揺さぶられて目が覚めた。
当時私は兵庫県尼崎市で一人暮らしをしていました。
目が覚めてもしばらく放心状態で何が起きたの⁈と理解するのに時間がかかったことを思い出します。
幸い私は兵庫県でも震源地より少し離れた大阪寄りの場所だったので、食器が何個か割れた程度でしたが、ライフラインが機能するまで1週間くらいかかりました。
余震も何度も続き不安もありましたが、近くに住んでいる友達もいたので心強かったです。
神戸から大阪梅田を結ぶ阪急電車が私の通勤列車でしたが、電車は止まりその日はもちろん仕事に行くこともできず、電気は復旧したのでテレビで見る神戸の街の光景に絶句!映画化ドラマを見ている感覚でした。
水道がなかなか復旧しなかったので、しばらく大阪市内に住んでいる友達のところでお世話になることに。
こんな状況なのに大阪の街は変わらず、「私たち仕事してていいの?」と同僚と話したことを思い出します。
当時はまだ携帯電話を持つ人も少なく、固定電話か公衆電話でしたが、災害が起きてしばらくは固定電話が繋がらず、私自身の安否を伝えるのに公衆電話に並んだ記憶があります。
神戸に住んでいた同僚たちとは、あの日以来会っていません。何日か経ってから連絡が取れて着の身着のままで故郷に帰ったと聞きました。
当たり前のように今の生活がずっと続くと思いがちですが、今日と同じ日は二度とない!今この瞬間を大事に生きたいですよね。
あなたは今の人生に満足していますか?
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私の人生で経験した災害はこの程度でしたが、それから全国、世界中で災害が起きています。そして現在も能登半島では家を失くし、未だ避難生活を余儀なくされている状況です。先日も宮崎で大きな地震があり、いつ大地震が起きるかわかりません。
幸い私の住んでいる島根県東部は地震が少ない地域ですが、今一度、避難グッズや避難経路、避難場所を再確認して備えたいと思います。
