四角い形をしています。鍛冶屋さんが叩いてつくった釘です。
明治10年から15年ぐらいまで使われていたと言われていて、その後は、洋釘に変わっていったので、和釘が使われていれば明治初期以前の建物ということができます。
ちなみに、こちらは垂木掛けと思われる材がみつけることができました。
この垂木掛けを根拠に、庇の高さを推測するのですが・・・
先日、ヘリテージ第4期生のみなさんで、幸田町の古民家を調査させていただきました。
立派な長屋門も、格式の高さ感じられます。
創建は江戸後期と思われる建物で、三河地震、伊勢湾台風を耐えて残っている古民家です。
もちろん、伝統構法で建てられた建物で、足固め・差し鴨居・大黒柱で構成された構造です。
小屋裏を覗くと伊勢湾台風時に、屋根・小屋組はすべて取り替えられたそうですが、又首(さす)構造の痕跡が確認できました。もともとは、地域の草を葺いた屋根だったそうです。
当時は物流が発達していないため、基本的には、その地域で調達できる、土・草・材木を利用して家を建てられました。
その当時、どのような建物で、なぜそうなったのか、想像しながら、調査するのは楽しいです。
伝統工法の建物は、手を入れながら長く使うことができるのが、いいですね。200年近くたった建物も使い続けることで、あと、100年、200年と残っていくと思います。
いまでは、足場建てと言われる伝統構法の建物も、限界耐力計算という方法で地震に対する安全性もある程度は確認できるようになってきました。
現代の住生活に合わせた改修をしながら、我慢しない生活ができたら素晴らしいですね。
今後はこの立派な建物が、活用されて残っていくことを願います。
最後に、記念撮影をさせていただきました。(^^)