アメリカの事情通を通さず、自力でトランプ支配下のアメリカを知りたい、だが、彼を支持するアメリカのどこにでもいそうな白人のメンタリティがわからない。中西部あたりに住んでいるだろう、ジーンズの上にジャンパーを羽織ったカーボーイハットの男。運転するピックアップの助手席は犬がお供をし、彼のシートの後ろにはライフル銃が置かれている。夜にはバーでカントリーを聴きながら、バーボンをストレートで飲む。これが、映画を通してしかしらない、アメリカの田舎の白人たちのイメージだ。
アメリカは欧米で最も強固なプロテスタントの国だ。だとすると、トランプを支持する人たちを理解するには、白人プロテスタントたちのメンタリティを知る必要がある。
読み返しはじめたマックス・ヴェーバー「プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神」と読み通してなくて最初から読みだしたリチャード・ホーフスタッカー「アメリカの反知性主義」、古書で購入した歴史書出版社の山川出版社刊(世界歴史大系)「アメリカ史」上下の四冊を手がかりに自分なりのアメリカ理解につなげたいと思っている。
続く
今年に入ってからドナルド・J.・トランプの言動をウォッチしている。事情通と違い私のようなシロウトが入手できるソースは、アメリカが発信元のCNNj、MIT Technology Review無料版、wired.jp無料版だ。いずれも同時通訳、翻訳で日本語版にしているだけだ。だから、テレビ映像や記事からトランプ支配下の現地の生々しいレポートを視聴し、読むことができる。
先日、ホワイトハウスでウクライナのゼレンスキーとトランプが会談した。テレビカメラの前で彼らは口論になった。公の場で国家元首が口論する。そうそう観られない映像を提供してくれたのはトランプのおかげだろう。
武器を供与したのだから見返りにウクライナの鉱物資源を寄越せ。それがトランプの意向だった。前政権は武器の供与は贈与だった。トランプはそれを逆転し、贈与を商取引に変えようとした。だが、ゼレンスキーはそれを拒み口論に発展する。
富者が貧者に施しをした。それがトランプを頂点にした現政権のウクライナに対するスタンスのようだ。同席していた副大統領とやらはゼレンスキーに謝意がないと言う。ゼレンスキーは何度も謝意を表しているから、それでは足りない、土下座してありがとうございます。そう言えというのと同じだろう。
トランプが率いる連邦政府支配下のアメリカ合衆国はアメリカ帝国に変容した今、ウクライナはその支配下の小国に過ぎない。そんな内心の思いが露わになった会見だった。トランプは選挙で選ばれた皇帝なのだ。この男によれば、善と正義にもとづく行いは法律を超越するのだそうだ。はっきり言えよ、L'État, c'est moi(朕は国家なり)と。
この男は、幼少期に父親からさんざん殴られ打ちひしがれた原体験がある。生きるということはそんな原体験を相対化することでもある。トランプはそうはならなかった。父親を超えてもっと偉大な父親になろうとしている。ロシア共和国のウラジーミル・プーチンが憲法改正してロシア帝国皇帝として君臨しているように。
続く
拝啓
身に応える厳冬の候。今冬一番の強い寒波は大阪市の最低気温をマイナス二度にしました。数十年に一度あるかないかの極寒に感じます。豪雪地の新潟見附にお住まいの〇〇様をはじめご家族の皆様、大雪で難儀なさってると拝察しますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。先般は、ご丁寧に返礼の品を贈ってくださり、有り難く拝受いたしました。
さて、先月初旬に◯◯〇〇君が墓前にと、自作短歌をお送りしたとのこと。先日、当人からききました。実は当方も父上の追悼文を書いております。いずれ、ご覧にいれる所存ですが、度重なる転居で父上がお書きになった作品を収載した同人誌全てが散逸してしまいました。特に私達友人の誰もが持ってないだろう雑誌が重要だと思っております。
父上が母上と一緒になる前の事です。二十代半ばの頃でしょうか。新潟に帰りJAに勤務しだした頃だったと思います。父上が主宰し同人誌を発行しました。各地に散らばった、文化学院の文学仲間に同人誌を作らないかと呼びかけたのです。そして、賛同する者たちに原稿を依頼しました。父上は、遠方から郵送されてきた原稿の校正、印刷、製本という印刷工程全フローを取り仕切り、頁数は少ないながら立派な同人誌に仕上げてくれたのです。
ついては、その雑誌のコピーを当方に送っていただけないでしょうか。遺品は大量の書籍を中心に整理が大変だったろうと拝察します。その上更に、当方の勝手な依頼。お忙しい中、お手を煩わせることになり恐縮ですが重ねてお願いいたします。
同人誌名は「揺籃」です。命名も父上によるもので、寄稿者たちは寄稿と印刷会社に支払う分担金だけの負担でした。最初にして最後ではありましたが、謂わば、編集者として思うままに辣腕をふるったのが父上ということになります。ですから、父上には思い入れの深い雑誌になったはずなのです。
なお、当方撮影による通夜当日の写真を同封いたします。母上の写真と誰が誰だか区別がつくようにと要らぬお節介で、友人達二名の写真、そして、過去に撮影した当方の写真もお送りします。
最後になりますが、〇〇様とご家族の皆様が健やかにお過ごしになることを遠方の地の大阪から願ってやないことを付け加え、失礼いたします。
敬具
二〇二十五年二月十三日
西岡賢一
〇〇〇〇様


