オナ禁を始めて、早くも152日目。ついに5ヶ月が過ぎた。
正直なところ、今回はこんなに長く続けられるとは思っていなかった。
だけど、いざ「やるぞ!」と決意すれば、こんなにも続くものなんだなと、自分でも自信がついた。
瞑想が私を「性欲の奴隷」から解放した
実は、私は過去に何度かヴィパッサナー瞑想の合宿に参加した経験がある。
しばらく瞑想から離れていたが、オナ禁を始めてから、この瞑想を再び実践し始めてみた。
この瞑想は、自分の心と身体に「今、この瞬間」起こっているありのままの変化を、ひたすら客観的に観察し続けるというもの。
自分自身に起きている感覚のすべてを、まるで実況中継するように突き放して見つめる訓練である。
そして、この瞑想を練習する中で、ようやく気づいたこと。
それが、「性欲を御する(コントロールする)」のに、ものすごく役立つということだ。
性欲が湧いてムラムラしたり、欲情したりすると、人はついセックスしたりオナニーしたりと「反応」するパターンに陥りがちだ。
でも、ヴィパッサナー瞑想は、この「反応」を客観的に突き放して観察する訓練ができる。
だから、まさにオナ禁中にこそ、この瞑想がこれほどまでに役立つことに気づけたんだ。
瞑想している時だけじゃない。
日常生活の中で欲情した時にも、この観察のテクニックを応用できる。
後から振り返ってみて、「本当にやってて良かった!」と心から思った。
我慢は逆効果!性欲を「見つめる」と何が起きるか?
性欲を感じてそれを「我慢する」というのは、実は性欲に「反応」していることになってしまう。
そうじゃなくて、欲情した時に自分の身体に感じる感覚のすべてを、まるで他人の感覚を見るように、冷静に、突き放して見つめてみる。
そうすると、不思議なことに、その性欲は短時間で確実に消え去ってしまう。
性欲も、このようにして毎回やり過ごしていけば、自分でコントロールできるようになる。
これは性欲だけでなく、過去の記憶や思考から発生する怒りや悲しみ、その他の欲に対しても同じことが言える。
それらの感情に苛まされず、ただ観察することで、少しずつやり過ごせるようになっていく。
欲情して抜きたくなって、結局抜いてしまう行為は、結局のところ**「ドーパミン中毒」**に他ならない。
ヴィパッサナーのような仏教系の教えで、少なくとも合宿期間中に禁欲を説く理由。
オナ禁している今の私には、その真意が痛いほどよくわかる。