オヤジの可能性をSHIFT_するペログ¶ -242ページ目

ブログネタより哀を込めて

昔よく食べていた想い出のお菓子





ワタクシは母方の婆チャン子ドキドキ
盆暮れ正月は勿論の事パー春、夏、冬休み期間の殆どを祖母の家で過ごしてきた。
従兄弟や叔父、叔母もみんな集まる大家族だった。





一方で…
父方の祖母にも随分可愛がられ、月に一度定期的にパー

弟と母親は家に残り、ワタクシだけ父に連れられ父方の実家に行った。
そう!!同じ孫なのに弟は常に留守番だったらしい汗
母も向こう方の両親に寄り付かなかった何等かの理由が…



多くは語らない母だったが、多分にして当時の夫婦間で何かしらの衝突があったにちがいない…
だから溜まりにたまって熟年離婚したんだべ(笑)


そんな父方の実家に行くとパー
毎回必ず超~デカいビニール袋に、これでもかって程のお菓子やオモチャを入れて、祖母が手渡してくれてたパー


でも祖父の居ない隙に、寝室へ連れてかれ何故かコソコソっと渡されるんだ。

そんな理由はどうあれ、親には絶対買ってもらえないプラモデルやオマケ付きのキャラメルや小学一年生や駄菓子屋の品を全種類コンプリートしてんじゃないかって量だったショック!


基本的に母方婆ちゃんloveなもんだから、お菓子で釣られてたみたい(爆)


そんで祖父はケチで子供嫌いで頑固一徹の亭主関白な面倒くさい人だったから、立場の弱い祖母は隠れてやらなきゃいけなかったらしい…
でもワタクシのみ汗

他に六人くらい孫が居たのにお菓子攻撃はワタクシだけ!!
弟にすら無かったみたいだ。


それの行動に母が見かねて、帰宅するとさり気なく弟にも分けてあげて、袋二つにして仲良く食べたんだ。

その時は全く知らなかったが、そうした子供や嫁や孫への差別が酷い父方の家族だった。
母方の家族は何せ平等で、良く怒られたし、良く可愛がられたドキドキ


何かと良い意味で差別を受けてきた。
逆を言うと弟は嫌な思いをし続けた。

自分が親になり、事の真実を知り初めて怒りが込み上げてきた。


なもんで…
人間だもの男女差は致し方ないとしてm(_ _)m
パー自分がされてきた様な子供への差は糞喰らえパンチ!むかっ


そしてグリコのオマケにはウンザリ┐( ̄д ̄)┌