読み終えての気持ちをどういう言葉で表現すれば良いのかわかりません。

どの「言葉」で表そうとしても軽すぎます。


最近、「復興」って何なのだろう?ってよく思います。


元に戻ること?

仕事は社会貢献のはずだ。

だから仕事ができる者は仕事を通して社会貢献すべきだ。

それに影響が少ない地域の人が飲食や娯楽を控えると、それを仕事をする人が二次的な被害にあってしまう。

でも自分達だけが元に戻ればいいのか?

そんなはずはない。

東北も、その周りの地域も、その周りの地域も…元に戻らなきゃ。

いや、そもそも元通りになんてならない。

じゃー、忘れてしまうこと、であるはずもない。

ただ、このことを教訓として多くの人がより良く生きること、が1つの要素じゃないかと何となく思っていました。

そして、この話を聞いて、さらに強くそう想いました。


凡事徹底。

当たり前だと思っていることは当たり前ではない。

全てに感謝。




全然できていないと反省させられました。


ボランティアについても同じことを懸念していました。


必要な物資が必要な場所へちゃんと届いているのだろうか?

ある地域で不足している物資が、ある地域で過剰になっているなんてことはないのだろうか?

そんな物資の交通整理を誰がしているのだろうか?

何で富山のドラッグストアで水が売り切れになっているんだ?

ある企業が買占めただって!?

各々が狭い視野でボランティアしたらかえって混乱しちゃう。


と。

彼女の話を聞くと、思ってる以上に酷い状況なんですね。

もっと大局的見地に立ってボランティア活動に参加しなければいけませんね。

そもそもは皆、善意での行動だったり

ちょっと不安だったりするだけなんですから

何とかならないはずはない!
最後になりましたが

沢山の方々からの激励メールや

お気づかい頂いたこと

その気持ちが勇気となって

力となって

なんとか無事に帰ることができました。


両親の命も守られました。

本当にどうもありがとうございました。


これから

一人でも多くの方が助かり

東北復興の日が一日でも早く訪れることを祈り行動しながら

生きていこうと思います。

以上です。


<次へ続く>
私ができることは小さいことかもしれない。

だけど、今できることをやろう、そう思いました。


皆さんも、今できることを精一杯して下さい。

今だからこそ、保障の必要性を伝えて下さい。


私の話を、伝えて下さい。

一人でも多くの人に、この現状と、だからこそ保障が必要なんだ、という事を、皆さんの手で、足で、口で、伝えて下さい。


そして、家族以外にも、自分の安否を気にかけてくれている人がいるというのは心強いものです。

私は今回それも感じました。

両親の保険は私が預かっているので、担当は私です。

でも、家族以外に、誰かがいる、というのは、それだけでも精神的に安心できると思いました。

つまり、皆さんはその役目を担うことができるのです。


皆さんが、そして私自身が、ふと終わってしまった一日は

被災者の方や、私の見つからない友人や、見つからない叔父叔母が

「生きたかった一日」

だと思うんです。


だからこそ、精一杯今できる事をしてください。

どうか、どうかお願いします。


<次へ続く>
避難所や現地の映像は、毎日ニュースで流れています。

でもだんだんと

テレビ番組も通常の番組を放送しており

まるで震災に遭われた方々が落ち着いたかのような錯覚を覚えます。


でも、避難所も、津波にあった地域も、何一つ変わってません。

避難所も、同じところばかりが放映されます。

私の両親がいた避難所は、一度も放送されていません。

地区の名前も、一度文字がテロップで流れただけ・・

テレビで流れる避難所では、温かい食事が支給されていました。

避難所でもこんなに違いがあるのか・・と大変驚きました。

そんな所が、山のようにあるのです。

避難所の衛生環境は、とても厳しい状態です。

私が見た限りでは、仮設トイレはありますがもちろん水洗ではありません。

手を洗う水がないので、除菌ジェルで手をこするだけです。

常にそうです。

避難所でも、インフルエンザや色々なウイルスが発生しだし、亡くなられた方のニュースも流れていま
した。

まだまだ、そのような事が沢山起こってくると思います。

私は、この地震で、さまざまな思いを経験しています。

辛い思いがほとんどです。

両親が生きていたことは嬉しいけど、親戚や友人を助けられない自分を責める気持ちも隠せません。

だけど、私はあと、できることをやるしかないと思っています。


<次へ続く>
恵まれている私達は、今、何をすべきでしょうか?

仙台へ向かう中、私が担当させて頂いているお客様に安否確認を行いました。

皆さん無事であることがわかり、ほっとしました。

その中で、K様という20代の独身男性の方がいます。

彼は、父の仕事の知り合いで、食品関連の会社に勤めています。

自宅は宮城県の気仙沼市の辺りです。

もちろん自宅は流されました。

ご両親やご兄弟は無事でした。

彼は仕事で福島県のいわき市に住んでいたのですが

会社の同僚の方でまだ見つかっていない方もいらっしゃるそうです。

ある同僚の方は

たまたま塩釜港にあったポール(棒)に、洋服の襟元がひっかかり

津波に流されずに済んだそうです。

K様は、「あなたもご両親も無事でよかった!」と電話口で話して下さいました。

自分の方が大変なのに・・。

堪え切れない思いでいっぱいでした。

今、K様は、バイクで、自分の会社にあった食品を

老人ホームやお年寄りの多い地域に配り歩いています。

「福島原発が近いじゃないですか。動いたら危険ですよ!」

と話すと、

「うん、確かにそうなんだよ・・・だけどね、うちの会社には加工した食べ物がある。

 いつも配達していた施設のおじいちゃんやおばあちゃんから

 「何か食べ物ないですか?」って聞かれたら、ないとは言えないじゃないですか・・

 僕はまだ体も動くし、バイクはまだ動く。

 放射能は浴びてるかもしれないけど、僕は大丈夫だから!

 それよりご両親大丈夫ですか?食べ物あります?運びますよ!」

彼の、強い強い使命感に、私はただただ感服するだけでした。

私と両親が甲府へ避難することを話すと、

「よかった!本当によかった!じゃあ、また元気で会いましょう!また連絡しあいましょうね!」

と言って下さいました。

恵まれている私達は、今何をすべきでしょうか?


<次へ続く>
私の友人(女性)は、今、仙台市に住んでいます。

彼女も震災にあい、ライフラインが一時すべて止まり、地震があってから数日後、やっと連絡が取れました。

仙台市内でも、排水管等の問題なのか、水が出るところと出ないところがあります。

幸いにも彼女が住んでいる地区は、水と電気が通いました。

彼女も被災者です。

でも今彼女は、自宅を周囲の方に開放して、お風呂を提供しています。


そして近所に住んでいる一人暮らしのお年寄りに、自宅でパンや食事を作り、余震の不安の中、配り歩

いて毎日声かけしています。

隣に住んでいる東北大学の教授と一緒に、海外から留学に来ている外国人に食事やお風呂を提供しています。

先日、中国人の方の帰国ニュースが流れていましたが、遠く離れた国(インド)等から来ている人は帰国の目途もたたず、住まいもなくしたので、自宅で預かっているそうです。

そこでも彼女は、強力粉を購入するのに、すさまじい買占めに合いました。


彼女からメールが届きました。

「皆、そんなに買占めしてるの?

 本当にやめてほしいよ(涙)。

 なかなか物が手に入らないの。

 価格も急騰してるし。

 もし周りの方に話す機会があれば、ぜひそのことを伝えてほしい!」

と。

彼女は、わずか1歳の男の子を抱えながら、今必死で戦っています。


<次へ続く>
今、会社でも救援物資を集めていますね。

中には、個人的に物資を送りたい方もいると思いますが、避難所によって不足しているものも違います。

ましてやガソリン不足の中で向かっても、途中何かあれば新たな被害が増えることになります。

個人的にボランティアに向かっても、向こうで自分たちの食事をもらうわけにもいきません。

避難所で寝るわけにもいきません。

その分、被災者に負担がかかりますから。


一番いいのは

募金等で大きな資金を用意し

しかるべき時に大きなお金を渡して

必要なものを赤十字などでとりまとめて用意できること

各行政地区で救援物資を集めていますが、

れらを経由して物資を送ること、だと思います。


<次へ続く>
必要以上の買占めもしないでください。

救援物資が送れなくなります。

必要以上に買い占めることによって、お店やコンビニで物がなくなります。

それを補うために、物を搬送するトラックが走り、ガソリンを使います。

そうすることにより、緊急車両のガソリンが不足します。

病人や被災者を運ぶことができません。

そして、物が何もない地域に届けるものもなくなるのです。


今、友人の父が、仙台の病院で入院し、透析しています。

電気が病院まで完全に復旧しておらず、透析ができなければ、友人の父は亡くなります。

友人は、千葉に住んでいるため、父を呼びたいと必死で言ってきました。

だけど、今の現状を考えると

迎えにいった人も被害に合う可能性が高い

原発もどんどん悪化している、難しい・・・

そこで、片っ端から病院関係の人がいないか、連絡を取り合いました。

受け入れ病院がないか、調べて情報提供していました。

でも、同じような状態の方が沢山いるので、特別扱いできるわけでもありません。

復旧のめどがついた病院へ搬送作業が始まりましたが、まだガソリンが不足しているのです。


そんな中、彼女からメールが届きました。

「少しずつではあるけれど、復旧した病院への患者振り分けが始まったようです。

父の順番がいつくるかわかりません。

しかし何よりも、父が地元にいたいという気持ちが強く、父の意思を尊重することにしました。

辛いけど、節電に努めつつ、祈ります。本当にありがとう。」

節電も協力してください。

一人一人のご協力がなければ、東北地方の人たちは、いや、日本国民全体が、元の生活に戻れないんです。


<次へ続く>
甲府も地震があり、怖い方もいるかもしれません。

だけど、我々しか、きちんとした保障を提供できる人はいないんです。

私たちは、その仕事ができる。今、できるんです。


「やる仕事がある」

「できる仕事がある」

というのは、とても恵まれていることです。

できる仕事が何もない、そんな方が、私の両親含め、今、日本には沢山いるんです。


一日数時間の停電も我慢してください。

私から見たら、電気がつくだけで幸せに感じます。

温かい食事があり、お風呂に入り、お布団で寝れる。

皆さん、当たり前だと思いますか?

違います。

これは恵まれている環境なのです。

当たり前だと思っていた人々が、今、当たり前じゃなくなっているんです。


<次へ続く>
そこで皆さんにお願いがあります。

今、私たちが何をすべきなのか、それをもう一度考えて下さい。

皆さんの周りの方、お客様の中で、連絡が取れない親族や友人がいる方はいませんか?

既契約確認されていますか?


東北地方は遠いから、いないだろうとは思わないでください。

甲府に戻り、両親を病院へ連れて行った際に診てくださった先生の娘さんは、宮城県に住んでいらっしゃいました。

ご両親が一度に亡くなってしまった場合の必要保障額をきちんとお預かりしていますか?

これは現実に起こります。

現に、私の友人は、両親を、家を、一気に失い、帰る場所も、仕事もないのです。


<次へ続く>