こんにちは。
アラタです
もともとモラハラ男でした
だから不倫しましたし
不倫以外にも
たくさんたくさん
妻にも家族にも負担を強いてきました
今は少しは変われた気がします
そのことについて書いてみます
モラハラ野郎だった僕
とりあえず離婚せず
夫婦関係を継続するも
不倫前とほぼ変わらない態度・言動
フラバに対して逆切れする
いつまで責めれば気が済む?と
少しの努力を全面に出し
自分は頑張っている
頑張っていないのは妻だと主張する
妻の不安を蔑ろにする
感情は制御できるはず
頭でもう大丈夫と理解すればできる
それができない・しないのは
妻の怠慢であり
そこに付き合う義理はない
自ら不倫に関するニュースを見て
SNSで不倫関係の情報をあさり
僕の何てことない言動一つに反応する
そしてフラバして苦しむ
なぜ自ら感情が乱れるようなことをする?
理解できない。馬鹿なの?
これはいつまで続く?
なぜ信じようとしない?
信じる努力をなぜしない?
僕は頑張って家事もしている
子供の面倒も見ている
明らかに変わったことを
なぜ認めない?
言われたラインもしている
帰宅時間も告げている
飲み会あるならメンバーの報告も
現地での写真も撮っている
ここまでやっているのに
なんで飲み会の最中に電話してくる?
いい加減にしろよ!
こんな感じでした。
こんな感じが2年ほど続き
僕は僕なりに頑張っている
認めてよ
妻も努力しろよ
過去にいつまでもこだわってるなよ
そう言い続けて
家の壁に穴を空け
ドアを壊したり
スマホを3台破壊するころに
(GPSアプリを抜くため)
妻から離婚をいわれました
モラハラに気づく
妻に離婚を言われてから
妻が言うには僕は変わったそうです
僕自身も自覚はあります
それまでは
問われ続ける
不倫中の言動や心情を
応えるために
自分自身を振り返ったりすることは
ありましたが
あくまで不倫中のことだけ
それ以外のことは
一切省みなかったし
それでいいと思っていました
離婚を言われるまで
「それなり」には
誠実にやってきていたつもりでしたし
でも僕の本質はなにも変えられなかった
妻に感情は制御できると主張するのに
自分自身はキレたり暴れたり
不機嫌や無視で
妻をコントロールしようともしたし
僕自身は何も変わってなかった
いま思えば変わったと思っていたのは
「表面」だけだった
ここを超えた時から
今のような思考ができるように
なったと思います
なんでモラハラ男に?
そもそもなんで僕らは
不倫をしてしまったのでしょう?
魔がさした?
やってみたかった?
ちょうどよい相手が目の前にいたから?
それ以外は真人間でした?
自分のやりたいことを
妻より優先して
無理にでも押し通すことありませんでした?
僕はたくさんありました
きっと不倫してしまった
男性の多くは
僕を含め
目の前の課題や壁にぶつかった時
安きに流れる
楽な道を模索する
安易なその場しのぎに終始する
ことが多いように思います
そういう生き方をしてきたかと思います
これは仕事ができないとか
勉強ができないとか
そういう能力面ではなくて
人生観や成育環境での学習
「こういうときはこうする」
と学び反射的に行っている思考の癖
そういう問題だと思います
僕は不倫前
会社の仲間に誘われた飲み会は
全てに参加しており
それを告げた時
不機嫌そうな反応を
さらに不機嫌な空気を出し
要望を押し通していました
他のことに対してもそう
世でいうモラハラ
なぜモラハラに走るのか?
力でねじ伏せることが
事前に説明をしたり
スケジュールを共有したり
どういった事情でそれがあるのか
丁寧に話したり
することより「楽だから」
わかれよ!と
一蹴する方が手間がかからないから
そしてこれを
無意識で反射的に実行してきて
それが通るから
これが楽、これでいいと生きてきた
とっても自分本位
しかも輪をかけて質が悪いのは
会社や学校などでは
この気質はでない
心を許した相手にだけやる
僕が心を許したのだから
相手、妻も心を許してくれていて
「僕の心情はわかってくれている」
と自分の感覚を相手に投影し
相手にそれが伝わっていることを
前提の言動をとる
だから
妻にプレゼントを買う
妻の要望と違うものでも
「これは喜ぶだろう」と
僕の思う「良かれ」で行動する
実際渡したときに
妻が僕の思うほど
喜んでくれない時
僕は勝手に落胆し不機嫌になる
モラハラ的行動を取るとき
その人は
自分の中の感情や考えを
相手も同じような感情や考えであると
勝手に押し付け、投影し
それが前提であるとしている
相手の反応が
自分の思うものでなかった時
自分の気持ちや心情が伝わっていないと
感じた時
なぜわからない?わかれよ!
とばかりに感情的に振舞う
一言でいうと「幼稚」
子供の癇癪と似ている
モラハラからの脱却
子供のころからの環境や
成長過程での学習など
原因は様々かと思いますが
少なくとも共通するのは
自分の気持ちを相手に伝える努力を
相手の心情を考える努力を
してこなかった
自分の感情にばかり敏感で
人の痛みより
自分の痛みに敏感に反応し
常に主語は「自分が」「自分は」
このままいくと
常に相方の心労の搾取が続いてしまう
そのために
自分自身の人間性を振り返る
こととは別に
自分の気持ちを伝える練習をする
僕はいまどんな気持である
〇〇してくれて嬉しい
〇〇なのは悲しい
小学生みたいなものでもいいから
まずは口にする
馬鹿にしないでやってみると
自分の気持ちを
言葉にする難しさにぶつかる
相手に伝えることの難しさを知る
伝わらないと
うまく言葉にできないと
沸き上がってくる
イライラと怒り
沸き上がってくると同時に
口から大声が出そうになる
もし同じような方がいたら
それはきっと
伝わらないこと
うまく言葉にできないことが
「悲しい」からではないですか?
一番わかってほしい人に
伝わらない悲しさ
自分の気持ちをうまく表現できない
無力感からくる悲しさ
うまくいかない悔しさ
その悲しさ、無力感、悔しさが
瞬時に怒りに変換されてしまって
感情に流されて
怒鳴る、暴れる、開き直る
例えどんな心情であっても
怒鳴っている限りは伝わらない
キレている限りは
根本の解決には至らない
根本を解決したいなら
「伝える努力」をして
相手に自分をわかってもらわないと
このイライラは解決できない
相手に気持ちを伝えるためには
会話一択だと思います
会話は「キャッチボール」
自分が投げるボールは
相手が取りやすいように投げる必要がある
キレたり、怒鳴ったりするのは
豪速球を投げつけるようなものである
相手が取りやすいボールを投げるために
相手の気持ちを考える
相手の事情や状況を知る
ことが必要になる
これは相手のボールを取るためにも
必要なことである
自分のボールを投げるためには
自分の気持ちや
伝えたいことを言葉にする
必要がある
これを意識しての会話は
僕の思う以上に難しかった
会話の中でどうしても
イラついてしまう
イラつく原因は常に
「伝わらないから」
伝わらないことが悲しいから
わかってもらえなくて辛いから
きっと会話なんてできて当たり前
そう思っている方がいれば
それは多分今までの方々が
僕らの投げるボールを
ファインプレーで拾ってくれていたから
なんだと思います
ちなみにここでの会話は
「事務連絡」を指してはいません
今度〇〇がある。などの
情報の交換や
事実の伝達は
言葉は交わすものの
気持ちや感情を交わしていない
どうしても妻との会話や
やり取りにおいて
苛立ってしまうことが多いならば
妻が僕らとまだ
話をしてくれているうちに
会話に付き合ってくれているうちに
例えどんなにたどたどしいものであっても
どんなに幼稚な言葉であっても
自分の気持ちを投げて
妻の言葉を気持ちを受けて
積み重ねていくことが大事だと思います
僕らは相手を見ないで
ボールを一方的に投げることは
大得意でも
相手のボールを受け取ること
相手の取りやすいボールを投げること
については
練習が必要だと思います
人間何でも練習すればできるようになる
やり方は違えど必ずです
最後に
モラハラ男らしく
超自分視点で書きます
会話を練習し
ようやく妻と
気持ちの交流のある
会話ができるようになったころ
それまであった
生きづらさのようなものが軽減した
妻との会話が楽しくなった
子供達とのおしゃべりが楽しくなった
家族以外の人との交流の楽しみが
何倍にも増した
本を読むことが楽しくなった
ドラマが観れるようになった
(それまでは寝ちゃってた)
自分の感覚や感情を
考える習慣がついたので
イラつきにくくなり
嫌なことへの耐性がついた
自分自身レベルアップした感覚を持てた
と、主観で書いてまいりましたが
何よりも一番大きいのは
今のような考え方を持つことで
今の自分があるのは
今まで自分にかかわってくれた全ての人達
何よりも
妻のしてきてくれたこと
存在に心から感謝できるようになり
日々感謝の気持ちをもって
過ごすことができるようになったこと
今日も家に帰れば妻と話せる
日常に幸福感を感じれるようになったこと
表面的な、物質的なもの以上の
ありがたいものに気づけること
そしてこの感覚には
終わりがなく
どこまでも
どこまでも
積み上げていくことができるもの
でも一人ではできないこと
失うまで気づかないでは悲しすぎる
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