ユキは一人、なぜアスカがそこまで親身になって自分の友人のことまで助けてくれるのか、不思議に思った。どうしてなのか知りたくて、アスカにメールをしようと思ったが、気に障るといけないと思って、打ちかけのメールを削除した。
そのころアスカは、自分の過去を思い起こしていた。辛い過去。勇気をくれた過去。
ユキは、運命のめぐり合わせとでも言うのであろうか、高校もアスカと同じところへ進学していたが、中学生活中はアスカはユキと関係を持っていなかった。その間、アスカには心から信用していた親友がいた。サツキという子で、いつも明るい素敵な子だった。アスカにとってサツキは憧れの存在でもあった。誰にでも平等なその笑顔が、たまらなく眩しかったのだ。
あるころから、サツキは登校拒否を始めた。アスカは3日目から不安になり、サツキの家を訪ねていた。そんなときでも、サツキは明るく振舞っていた。2週間ほど続く登校拒否も、ようやく終わりが見えかけていた。そんなころに、サツキは突然消息を絶った。両親ともにサツキの行方を知らず、警察も捜索に加わっていた。アスカもたまりかねたのか、みなの仲間に入りサツキを探し始めた。
サツキの行方が分からなくなった日の夕方、雨の降り続く中を、傘もささずに歩く少女を、アスカが一番に発見した。
「サツキ!」
あわてて駆け寄る。嫌な予感がしていた。目の前には踏み切りが・・・。
「ねぇサツキ、帰ろうよ、心配してたんだよ?」
大声で叫びながら、サツキの腕を引っ張った。するとサツキはすごい勢いでアスカの手を振り切った。
「うるさい!何も分からないのに、心配してただって?」
サツキは今までに見たことの無いような恐ろしい目つきで怒鳴った。突然浴びせられた罵声に、アスカはうろたえた。なぜサツキがここまで恐ろしいのだろう・・・。
「誰にでも愛想が良いからブリっこだの言われて、それが辛くない人間がいると思ってるの?」
サツキはアスカになどかまわずにわめいていた。
「どれだけ苦しい思いをしたか、分かってるの?どうせアスカだって同じこと考えてるんでしょ?」
アスカは憧れの人に、立て続けに恐ろしいことを言われ、あっけにとられていた。サツキは相変わらず鋭い目つきでアスカを見据え、涙を流しているようにも見えた。雨のせいではっきりはしなかったけれど。
「そんな・・・こと・・・思うわけ無いじゃん・・・」
アスカはさめざめと泣きながら、やっとの思いで言葉を返した。
「何でそんなさ・・・怖いこと・・・言うの・・・?」
片手で涙をぬぐうと、一歩サツキに近づいた。
「ずっと・・・尊敬してたのに・・・・そう思ってると思う・・・?」
アスカはサツキにそっと手を差し伸べた。その瞬間だった。
カーン・・・カーン・・・カーン・・・
踏み切りの警鐘が鳴り始めた。電車が見えてきた瞬間だった。
「 」
踏み切りの音でかき消されたサツキの声を、アスカは今でも何を言っていたのだろうと考えていた。
サツキは笑顔で踏み切りの中に消え、その直後に電車がサツキを跳ね飛ばしていった。数メートル先で電車は停止した。アスカはサツキの無残な死体を見ながら、雨の中へたりこんで、これまでに無いような大声で泣き叫んだ。
雨の中、アスカはただひたすらに声を上げるばかりだった。駅員に肩を抱かれても、その場から動こうとはしなかった。サツキが死んだことを、認めたくなかったのだ。
後日学校では、体育館に集まった生徒たちが黙祷をささげていた。サツキのまぶしいくらいの笑顔が、白黒で枠の中にはまっている、色は無くても彼女はとても輝いていた。
憎まれる理由などひとつも持たず、それでも誰かの嫉妬を受けていて、それを表に出さなかったサツキを哀れに思う気持ちで、アスカは胸が詰まった。
苦しいときに、相談してくれれば・・・いや、彼女の異変に自分が気がついていれば、私はサツキを死なせることが無かったはずなのでは・・・?答えの無い質問が頭に過ぎる。あのとき、笑顔のサツキが私に言った言葉はなんだったのだろう・・・?メッセージ、せめて最後のメッセージくらい、聞かせてくれてもいいじゃないか、神様はなんて意地悪なんだ、とアスカは悔しさに唇をかみ締めた。
そういえば、あのときのサツキの遺体、腕にはたくさんの傷跡があった。カッターナイフで切ったような・・・きっと苦しさに勝てず、ずっと自殺を望んできたのではないだろうか・・・。
アスカがマユミを許せない理由、サツキの死が関係していた。アスカは、もう自分の目の前から、何であろうとも自殺して死んで行くなど考えたくないのだ。そして、自殺の被害者をこれ以上見たくないのだ。
ベッドに横たわるアスカは、静かに涙を流していた。
そして、目を開くと、よしっ!と一言つぶやいた。
「私は誰も死なせやしない!まだあの人には未来がある!」
決心の固まった真っ直ぐな瞳は、夕日を受けてオレンジに光った。