八月が半分過ぎると、夜は全く別物になるし、昼間の暑さにだって、風に交じり始める涼しさの断片が肌に触れるようになってきて、段々と、でも急に、この季節が終わることを告げてくる。
何度も経験しているから、夏がどんなものだか知り過ぎている。どのぐらい暑くてどのぐらい不愉快で、どのぐらい短いか。どれぐらいのビールを飲んで、何枚のTシャツを買えば一夏分なのか、もう分かっている。
もう若くない僕に、夏に何か大きな出来事が起こるなんて事はないって知っている。人生のほんの短い期間だけ、夏という季節に、恋とか変化とか努力とかがある。それは眩しい太陽のようだ。目ではもう見えないけれども誰しもの心の中にあって、想像の中では何度もその光を自分にあててみる。そして苦しいぐらいに憧れる。強大で未知な力を持つ光。そのど真ん中を歩くにはもう僕は、年をとりすぎている。
だから今年の夏だって、いつもどおり歩いて過ごした。
ホイップクリームみたいな雲を見た。青く澄んだ空も見た。
そしてこの海を、いつものように見に来た。
夏がまた一回、僕を通り過ぎるということを確かめるために。
そこには空と海がただある。そして、その真ん中には世界の遠い方につながっている線が見える。奇跡のようにそれは、いつも変わらない。
変わらないことを憎む僕がいる。変わらないことに愛しく浸る僕もいる。
ただそうやって、生きていく。
今年も夏が終わる。この瞬間に、抗ってみたくなる。
でも、この海を毎年ちゃんと見に来さえすれば、いつもと変わらず次の季節がちゃんと来るんだっていう事が分かる。
蝉の鳴き声が変わるとか、空気の湿度が変わるとか、夏の終わりはいろんな方法で知らされる。いつまでも夏に留まっていたいと思うほどもう無邪気じゃないから、黙って長そでの心配をし始める。
ただ大きな波に飲まれていただけのように、通り過ぎた夏がまるで非現実な一瞬だったように思える。本当にあんなに暑かっただろうか、本当にあんなにはしゃいでいただろうか? 夏をどうして誰もが喜ぶのかも忘れてしまいそうになる。
今年もまた、小さな絶望と小さな希望を同量づつ抱えながら、ひとつの季節が終わった。夏が特別なのはただ、自然の力が大きく膨らむからだ。僕の日常を構成する様々なもの、仕事や家族や悩みとかそういうものは、特に変わらない。ただひとつ分かっているのは、夏だからってもがこうとしても、無駄だってこと。一日の淡々とした繰り返しをこなしているうちに、いろんな事が気のせいだってことが分かる。もう僕はいつのまにか高揚することさえやめてしまったのかもしれない。
でも今年も、いつものようにゆっくりと歩んで進んだ。
蝉の声を探して聞いた。夕方の薄オレンジもかき氷の真っ青なブルーも見た。
夏が終わろうとしている今日、またこの海を見にきた。
あとひとつだけ、聞きたくなって。
空と海は静かで、じたばたする僕をクスっと笑ったような気がした。心配しなくていいのに、ずっとここに、あなたはいるのにって。
幸せさえ、生きていることさえ、壊したくなる時がある。
僕が、僕だけじゃなくほとんどの人が、そんなことはしないって事は、もう何千年も前から決まっているのに。
また季節が交代する。僕は今、ちゃんと夏を過ごしてたかな? って事が心配ですがるような顔をしているかもしれない。
でも、次の季節の準備をしよう。きっと新しい匂いと風は心地いい。
きっとみんな、そうなんだ。
何度も経験しているから、夏がどんなものだか知り過ぎている。どのぐらい暑くてどのぐらい不愉快で、どのぐらい短いか。どれぐらいのビールを飲んで、何枚のTシャツを買えば一夏分なのか、もう分かっている。
もう若くない僕に、夏に何か大きな出来事が起こるなんて事はないって知っている。人生のほんの短い期間だけ、夏という季節に、恋とか変化とか努力とかがある。それは眩しい太陽のようだ。目ではもう見えないけれども誰しもの心の中にあって、想像の中では何度もその光を自分にあててみる。そして苦しいぐらいに憧れる。強大で未知な力を持つ光。そのど真ん中を歩くにはもう僕は、年をとりすぎている。
だから今年の夏だって、いつもどおり歩いて過ごした。
ホイップクリームみたいな雲を見た。青く澄んだ空も見た。
そしてこの海を、いつものように見に来た。
夏がまた一回、僕を通り過ぎるということを確かめるために。
そこには空と海がただある。そして、その真ん中には世界の遠い方につながっている線が見える。奇跡のようにそれは、いつも変わらない。
変わらないことを憎む僕がいる。変わらないことに愛しく浸る僕もいる。
ただそうやって、生きていく。
今年も夏が終わる。この瞬間に、抗ってみたくなる。
でも、この海を毎年ちゃんと見に来さえすれば、いつもと変わらず次の季節がちゃんと来るんだっていう事が分かる。
蝉の鳴き声が変わるとか、空気の湿度が変わるとか、夏の終わりはいろんな方法で知らされる。いつまでも夏に留まっていたいと思うほどもう無邪気じゃないから、黙って長そでの心配をし始める。
ただ大きな波に飲まれていただけのように、通り過ぎた夏がまるで非現実な一瞬だったように思える。本当にあんなに暑かっただろうか、本当にあんなにはしゃいでいただろうか? 夏をどうして誰もが喜ぶのかも忘れてしまいそうになる。
今年もまた、小さな絶望と小さな希望を同量づつ抱えながら、ひとつの季節が終わった。夏が特別なのはただ、自然の力が大きく膨らむからだ。僕の日常を構成する様々なもの、仕事や家族や悩みとかそういうものは、特に変わらない。ただひとつ分かっているのは、夏だからってもがこうとしても、無駄だってこと。一日の淡々とした繰り返しをこなしているうちに、いろんな事が気のせいだってことが分かる。もう僕はいつのまにか高揚することさえやめてしまったのかもしれない。
でも今年も、いつものようにゆっくりと歩んで進んだ。
蝉の声を探して聞いた。夕方の薄オレンジもかき氷の真っ青なブルーも見た。
夏が終わろうとしている今日、またこの海を見にきた。
あとひとつだけ、聞きたくなって。
空と海は静かで、じたばたする僕をクスっと笑ったような気がした。心配しなくていいのに、ずっとここに、あなたはいるのにって。
幸せさえ、生きていることさえ、壊したくなる時がある。
僕が、僕だけじゃなくほとんどの人が、そんなことはしないって事は、もう何千年も前から決まっているのに。
また季節が交代する。僕は今、ちゃんと夏を過ごしてたかな? って事が心配ですがるような顔をしているかもしれない。
でも、次の季節の準備をしよう。きっと新しい匂いと風は心地いい。
きっとみんな、そうなんだ。