嵐 大樹(あらし おおき)のブログ

嵐 大樹(あらし おおき)のブログ

私が執筆した小説「キティちゃん」を公開していきます。

Amebaでブログを始めよう!

160をもちまして、小説「キティちゃん」が完結となります。


最後まで読んでくださいました読者の皆様、ありがとうございました。

終ノ五


エリスが体を離しました
エミィの顔を見ていましたが さっと立上がると ドアを開け
広げたまま 廊下を走り去ります
さ マギー お母さまの手をとってあげて
左手はベッドのわきに伸ばされていて それを両手に包みます
胸は━━もうしまわれて 毛布の下になっています
マギーの手を握り返そうとした指の力が 抜けて行きます
何か言ってる
顔を反らすようにしたエミィの頬に 光るものがありました
お母さま 泣いていらっしゃるわ
ええ ええ うれし泣きよ マギー 今ビリィ兄さんがお母さ
まに優しくしてあげたからよ


そうなの━━ お母さま って呼んでさし上げたのね
マギーも知っていました  ビリィが殊更それを言わずにすむ
ようにして来ていた のを
黙ってうなづくビリィが エミィの口許に耳を寄せます
砂  つぶが当る  何のことだろう
これの解かるのは 読者以外には ここには居ませんでした
おっぱいを いっぱいめしあがれ
山羊の乳だわ  アルプスよ  お花畑で蝶になっているのよ
エミィは
エリスがうそをついていますが ビリィ以外にはわかりません
砂が吹きつけて来ます
エミィは あのサンディトンの砂丘に居ます
顔を反らせかげんにしても 眼から溢れたものが 頬を伝いま


下の方砂浜に打寄せる波が 砕けます
ああ 長い長い夢だったわねェ
ずいぶんいろんなことがありましたが みいんな夢
エミィ ハンカチをあげるわ
エミィは平気でございますよ Madam
ほんと 笑っていらっしゃるわ お母さま
マギー ちょっとこっちへずれて みんな交替でお別れする
から
マギーにはわかりませんでした
左手は外に出ていましたが 右手がケットの下で これを出し
ます (組む)
ああ こっちはハンカチを
何枚のハンカチを たくさん握りしめて
R.D. Maのよこれ いつの間に


あとは全てE.D.ね  これはMamaのよ 御自分で縫い取
りなさったの  これは━━私のみたい  そしてこれは エ
ミィのだわ
そうしてこれは
それ きっとね 私のお祖母様のLadyダーシーの よ 確か
二枚あったはずだけど もう一トつは
はい 私がいただきました  はじめてパイ作りを教わった時
に━━
そうなのね  それはあとあとまで伝えたかったんだわね
しばらくの沈黙がつづいて
ひとりずつ退出して行きます
今晩は 僕ここで寝むよ
これは ふつう ではありませんが アナはビリィのしたいよ
うにしてあげよう と思いました


あと三年待っていれば 新しい世紀を迎えたんだよね
ビリィが誰にともなく語りかけました
本を読もうか
エミィはもとは本など嫌いだった という話ですが ビリィに
はとても信じられません
もう本など読むのがつらくなってからも この部屋のテーブル
には いつでも読めるように 本が置いてあって
エミィと言えば パイでなければ読書 ビリィとしてはそう思
うのです
これは何だろう  ハックルベリ・フィン ずいぶんとまた
これを読むつもりだったのかい お母さん
そうよ  さあ読んでちょうだい
いつだったか エリスに約束したのよ
よし 大陸の川を流れ下ることはありましょうとも 木には登


らない って
その本はその大陸の川を筏で下る話よ
エミィの声は届きませんでしたが
部屋の隅に 影がいくつか重なって 特に暗いあたり
ビリィが声に出しているのを 聞いている者たちがありました
エミィ こっちこっち  さあ おはいんなさい
何も遠慮はいらないわよ  あなたには はいって来てほしい
のだから
リジーでなければ入れない会員制だったのよ ほんとはね
でも ほら クラブがペンバリーには置けなくなってしまって
今居るのはエリスの中ですもの  あなたは特別会員の資格あり
って 全会一致で認めたわ
はい ただ今参ります Madam
エミィは 何かに導かれて 宙の闇を漂っています


ほら こっちよ  橋を渡って
大きな河が流れています
河は見えませんが 舟がもやってあります
お舟ではなくて 橋よ
これは 橋━━橋なのね
虹の橋が 現世とむこうとにかけ渡されていて
虹の彼方は
お花畑  楽園かしら
グヮッシャーン
ブリキの猫━━かしら
ああ 驚いた  来たぞ あいつが
リジーじゃないから ここまでは来ない と思ったのですが
それにしても ブリキの猫とはひどい  せめてライオンくら
いは言わないんでしょうかね  あの女は


それはジュディ・ガーランドではないのだから━━そうなると
五世はかかし だぞ
マオのやつ もうなついてますよ
どうだい五世 やったな とうとう
何です三世
とぼけてもだめさ エミィがこうなるように 永いこと苦心し
てたの 知ってるぞ
ええ 白馬の王子を歓ばないものですから カボチャやら 砂
まじりの風やら 蝶々やら マオの力も借りましたよ
今 エミィは 宙空をふんわりふんわり 花畑にさしかかって
います
ちょっと心配 花畑にはいることができるか と思ったら
何の音もなくはいっていて
マオが歓迎 じゃれて来ます


私 エリスになったんだわ  だからマオが━━そうあんたマ
オって名なのね
花畑には 蝶たちがいっぱい群れて舞っています
エミィ アルプスよォ
はい Madam アルプスでございますね


この紋様はむちゃで 手習と同じ 全て同一番と
いうことだが 香にはこれを欠く
こいつをひっぱり出すために 桐壷から紹介


本来 源氏香の文様 五回の香を 同じもの違うもの 聞き分
けて線でつなぐ  歌がついているが 必ずしも 源氏の歌で
あるとは限らない
これを 染色に用いて 祝の引物の風呂敷なり袱紗には吉のを
不祝儀なら凶のをマークに入れる  凶のは紫と決っているが
吉のは季に合わせた色を用いることもある


コメントどっさり入れる気で ページ数字も打っておいたけど
やめました

終ノ四


ふン ふン ふン
頬が赤らんで━━ パイをこねていらっしゃるのね
アナの言うとおりだね きっと  マギーは教わったのかい
ええ  ダーシーのパイの正統の後継者 とは認めてくれない
のよ でも
それ 私が先取りしてしまったのよ  でも私のあとはマギー
マギーのあとは━━誰かが継いで行くことになるわ
みんな そろったのかい
皆様おそろいになるまで 体力をとっておく なんておっしゃ
るの それで一ト寝みしておく 必ず目は覚ます って
エリス母さんも 着いたのかい だったら━━
行って起こさないように 待ってるっておっしゃって


うーーん あのねェ  エリス母さんは どうもこのエミィ母
さんとは特別の仲良しなのだよ  そんな気がするんだ
そのこともびっしり ノートだかに書いてあったのを 古い方
の何冊かだけ残して 焼いてくれって
見なかった━━のね 紳士だから
でも 何となくなんだけど  そうだなァ 小さな頃の記憶な
んだけどさ
リジーと僕とがいっしょに寝んでいた気がするんだ
そうして エリス母さんとエミィ母さんがいっしょに
ただの家族という以上ねェ
だから さ  僕たち ここを母さんたち二タ人にしてやった
ら って思うんだけど
それ いいわねェ  でもビリィ ほんとうは あなた一ト人
で付いていてさし上げる必要ないかしら


マギーも居なくて かい
そうですよ  私みたいに母さんが三人の女を嫁にしたのは
そのため じゃないか って ときどき思うのよ
そのため━━ そのためとは言えないよ  アナが美人で賢く
てetcだものだから 惚れちゃったのさ  ひどい年令上だのに

どうも このビリィという名前のせいじゃないかなァ
父様のビリィも ひっどい年令上の女(ひと)に惚れて とても苦
労して 片足犠牲にして やっと(誤解ですが)いっしょにな
るのを許してもらったんだよ
ちょっと違う気がするけど あなたの場合は そんなに苦しん
だりしなくて 賢くて美しい女を手に入れたわねェ
それは でへへェ  アナがさァ あん時にほらァ
ちょっとおふたりさん ここに妹が居るのを お忘れなく


そう それでマギー エリスおば様を喚んで来て 僕たちと交
替してくれ って━━
私たち先に出ますよ
女たちが何を言ってるのか ビリィにはようく解かっているつ
もりでした
ベッドわきに膝をついて 顔をエミィの胸のあたりに そうっと
載せます
エミィのむこう側の腕が動かされて ビリィの頭を撫でます
起こしちゃったね
夢 見てたの
パイを伸してたよ
そう  あれはねェ ロンドンのお屋敷よ  Madamに作り方
を教えていただいてたの
今 エリスおばさんも来るよ


あのね 他の人だと困るけど  そうよマギーには あくまで
私はレディで居なくてはいけないもので ね
ビリィとエリスと だったら 裸の私を見せるわ
頭を撫でていたエミィの手が 寝着の胸のところを広げにかか
ります
何を━━ どうしたいの ほんとうに裸になるの
来たわよ
ああ エリス  私 ほら運が良いから しっかりお話のでき
るうちに エリスが来てくれる そうなる って思ってたの
今ね ビリィにおっぱいを
エリスが ちら とビリィを見ました
うわ言 半ば夢を見て 錯乱して━━ではないみたいね
ビリィが ゆっくりとうなづいてみせます
マギーの時はねェ  おっぱいが出るように  ああエリス


この子に━━
いいわよ  この女(ひと)ったらね ペンバリー牛乳を毎朝半ガ
ロン(二リットル強)届けさせたのよ  お腹にマギーができ
たと解かったその日から マギーの乳離れがすむまで
胸も斑牛のように大っきくする って言って
おっぱい 出たのですか
胸を大きく についてはそのかいがなかった のをビリィはよ
くよく知っています
出たわ  胸も こんなに膨らんで 私がリジーにおっぱいを
あげていた時よりも 大っきいんだから 驚いちゃった
そうだっけ
余り見てなかったでしょう  エミィのおっぱい マギーに奪
られたから 見たくなかったんじゃないかしら
僕も十五の時だから あんまり その女の人のそれ見るのは


遠慮してたの  だめねェ  エミィはあなたに見てほしかっ
たと思うわよ
そうなんだァ だめ男だなァ僕は
あなたが 親不孝な分 たっぷりアナが親孝行したと思うわ
ねェ エミィ
そう アナは口ばかりの女ではないわ
美人で賢くて親孝行な女 ですものね
そして優しい女(こ)  ビリィがどうやってあの女に言い寄った
ものだか
ダーシー家の男よ  難攻不落な女でなくては ファイトが湧
かない
きっとそうね
さ ビリィ 何してるの
何って 何をするんだっけ


ほんとに ぼやぼやばかりして  さっき私がはいって来た時
エミィは何をしようとしていたかしら
だって あれはほんとうに
ほんとうですとも  それでわかったんですもの 私がひとり
でここに来るわけが  さ ぐずぐずしないのよ  私には私
の用が エミィとの間で だけどあるのだから
いいこと マギーの時はそうやって おっぱいをやったわ
でも あなたの時には
出ない よね
おっぱいを吸わせたのよ この女(ひと)
だって それはむりだと思うよ
ええ  ばあやは雇ったわ  でも この女 暇を見ては そ
れをしていたの  解からないはずないわ  あなたをほんと
うに自分の子にするために じゃないの


赤ちゃんの時には 私の前で吸っていたのだから 今だって
むりよエリス  私これ見せたら ビリィが思い出すかと思っ
て  ばかよねェ いくら何でも思い出すのはむりだのに
私が居るから よ  この子ちょっとオトナになっていて
ところでエマちゃん かわいいわね  でもエマってどうして
つけたのかしら
エマの呼び名がエミィだから ですよきっと
そうね エミリでは ほんとうは エミィと呼ばないわ
そう たぶんそれで一見どうしてかは解からないようにして
アナが頑張ったの エマだって マリアでもエミリでもエリス
でもない って  あの女(こ)親孝行なの とっても
子どもができて いっぱしオトナのつもりなのよ
では おばさんが先に見せるわ
いきなりスーツの上を脱いで ビリィの反対側に膝をつきます


さあ 来てエミィ
ビリィが居ます
御主人様の言うこと よ これは
ああ うれしい それ聞くの はじめてです
はじめてかしら 三十何年 四十年ぶりかと思うけど
どっちにしたって アナが孝行を売りにするのを エミィの忠
義と いい勝負なわけで エミィの抵抗が熄みます
左手を そうっと伸ばしてよこすのに エリスが手をついて
身体を支えながらエミィにかぶさるようにします
両手の支えを右一トつにして 左手でエミィの左手を導きます
ああエリス 大好きです
私も大好きよ エミィ
ビリィには 時々夢なのか脳裏を過ぎる絵があって
今の今まで それが何なのか解からずに来た それがこれだっ


たのです
さっきジミィも何か この二タ人が特別の仲良しとか言ってま
した
そうだったんだ
顔をエミィにすり寄せていたエリスが きっ とこっちを見る
何してるの 時が エミィの体と気力がないのよ
ばーーん ほとんどエリスをはねのけるようにして ビリィが
エミィの胸に顔を埋めます
お母さあん
うれしい  ああ やっとビリィが 戻ったのね  エリスあ
りがとう
エミィの左手が 胸をひろげようともどかしげにしています
ビリィがそこを開けて キス━━というよりは おっぱいを吸
いに行きます

終ノ三


あのねエミィ 今男たちが居ない隙に訊いてもかまわない
はい お母様
それよ そのお母様なのだけど ビリィがすっかり それを言
わない━━ような気がするの
はい  私がそのようにしたのです
あなたが そのようにした  どういうこと 母と呼ぶな な
んて まさか言わないわよね
エミィ って呼んで と言ったのですわ
お母様と言われるのは嫌ではない わよねェ  でも そんな
ことを言った━━ああ追いつかないわ  エミィもジャンプを
するのね━━ そうなのね あの子が お母様 ということば
を言う時 どうしてもマギーとあなたと重なってしまう


はい お母様
そんなあの子の想いを 禁じるのではなくて あなたがエミィ
と呼ばれることで あの子を一人前の男として旅立たせようと
はい お母様
私 痛いほど解かっているつもりよ  あなたが どんなにそ
の呼び方をされる時に うれしいと感じているのかを
マギーですわ  マギーが私に笑いかけて来ましたの ビリィ
を連れて来てありがとう って言ったのでしょうね あれは
そうして 今こそほんとうに母を私に渡す と言ったのですわ
あの時にきっと
そうしてその時ですわ  ビリィが 心の底から お母さんっ
て呼んでくれました  もう私はそれで十分充たされました
マギーが ジミィを私に譲った もちろんほんとうは 闘って
決着つけるつもりでしたが 死んだ という報らせを受けては


結局はそういうことです  私とてもうれしくて はいそれ迄
だって 母と呼ばれるたびに 身体中がじいんと熱くなって
この上 母をもマギーから奪るわけにはいきませんのです
そう よくよく解かったわ  つくづくあなたはジミィには
過ぎた女だわ  いえ そういう女になってくれたのよね
この十年ほどかしら 私も少しはそのお手伝いできたかしら
ほんとうによく導いていただきました  私は運の良い女なの
です
ああ 疲れたけど 眠る前にしたいこと━━してほしいことが
あるのよ
はい お母様
まずレロリンなの  ジミィは ぼやぼやの他にろくなことを
していないけど あれだけは認めるわ 私は
ジミィを喚ばせます


いいえ 私のほしいのはあなたのレロリンよ
ベッドから離れかけていた エミィが そっとベッドわきに膝
を着けました
レロ レロ レロリン
ライザの頬は 塩っぱい味がしました
私も したいのよ あなたに
エミィが身を乗り出して 頬を差し出します
レロリン
ああ うれしい  やってみたくてみたくて  私の頬っぺた
エミィのと同じ味かしら
エミィがハンカチを出します
そう あと二タつほしいものの一トつが それなの  右下に
イニシャル 縫いとってあるわよね
でも これは私が自分用に


だから 取り替えて  私もイニシャルは E.D.エリザベ
ス・ダーシーなのよ  あなたがLadyダーシーにいただいた
ハンカチと これとをいっしょに持っていてくださらないかし
ら そうしてくだされば 私 いつもあの方といっしょ
ふーー 大きく息をつきます
お疲れですわ
もう一トつだけ  明日はパイを食べたいの
それはもう喜こんで!
次の朝 エミィのふんふんが ローズ・ガーデンの台所に聞か
れた のは言うまでもありません
お母様  私にもそれ 教えてください
ダーシー家の娘 今は嫁ともなると 覚えてもらわなくてはい
けないわねェ
二タ人肩を並べてパイ作りをします


お祖母様なのですけれど これを召し上るでしょうか
むりでしょうね  これはナースとしての意見ですけどね
でも お願いって言われたわ  何としても昼には仕上げたい
ものね
生地はもう寝かせてありましたね
そう  お客様が予想されたのでね
そんなに━━さし迫って
口惜しいの 何もできないの━━パイを作るしか
エリスお母様にはお報らせしましたのに 遅いですわ
フランクフルトから なのでは ちょっとつらいわね  マリ
アもいっしょに と思うけど
そう ここにも 母と呼ぶ相手が何人も居る女が居ます
今の場合 ですとエミィは おば様から お母様に格上げ?に
なったのです


パイはライザの口には ちょっと当てられただけでした
エリスとマリアが夕方に駈けつけた時 牧師と玄関で鉢合わせ
になりました
葬儀もそこそこにイギリスを去ろうとする エリスが のはた
だごとではありません
実はね 山でも それでどっちへ行くか迷ったの 今度は間に
合わなくては お父様ひとり では Maも寂しいでしょう
と聞いては 葬儀に連らなった人々としては 服を替え(黒も
ケースに入れ)て いっしょにフランクフルトを目指します
ああ エミィも来たの  ここに来てちょうだい  もっと近
くに来てちょうだい  こっそり訊いておきたいことがあるの
他の人々はそうっと部屋を出ます
あなた子が産めない とは思えないのよね私には 栄養が足り
なくて子も産めないなんて 聞いてはいないでしょう でもそ


れを私に言う女が居るのよ 一ト人二タ人ではなく ね
多分 産めない ということは ない━━今からでは どうで
しょうか なじませんが おっしゃっているのが 若い頃でし
たら 産めない のではございませんでした 多分ですが
つまり 産まなかった と言ってるのね  どうやって━━
なぜ の方は解かっているつもりなのだけど どのように が
解からなくて
ジミィにうそをついたのです  死ぬ前に どちらが先にして
も 放っておかなくてはなりませんわ  今夜だと子を宿しそ
うな日には 月の障り と申しまして━━そのう
そこまでして ああ エミィ 私も赦っておかなくては
そんなことが Ladyダーシーが このエミィに赦るだなんて
私ね 先代のLadyダーシーのことばがあってね
エミィにはついつい 優しくしてあげたくなってしまう  少


し一家の女主としては 失敗だった っておっしゃったの
それで できるだけ そうならないように 娘だのに 母親ら
しくしなかった
いいえ こんな優しい母は他にない と思っています
エミィありがとう  ほんとはね 私あなたが大好きで 大好
きで もっと顔を寄せて━━ キスしてちょうだい
私ね お母さんって知らないの  先代のLadyダーシーはお
母様で 甘えたいだけ甘えたけど それって ふつうの娘がふ
つうの母に ではないの
はい よく存じてますわ
ねェ キスして キスして 母が娘を抱くように抱いて
エミィほどの女に抱かれて旅立てる 私も 負けずに運が良い
のだわね  ライザが来いって言ってる  今行くわ
それで エミィ ねェ


はい (パイは間に合いませんわ 山ですもの)
お願いよ  何としても 産んでちょうだい  今からでは苦
しいけど 先代のLadyダーシーが 私の夫のビリィを産んだ
のは あなたより五ッつか六ッつ年令上で よ
産む のですか 私が
そうよ  あなたのビリィも アナという 賢くて美しくて
ええと色々ついているわね他にも 嫁をもらったのですもの
今度は エミィの エミィによる エミィのための子ども
そうすれば あなたのビリィはきっと安心して あなたの名を
呼ぶわ  あなたに封印されて 呪縛にかかっているのでしょ
う あのぼやぼや男は
そんな ぼやぼや男だなんて
いいのよ  ぼやぼや男って かわいいものよ 私のビリィも
かわいかったわよォ


そうそう もう一トつお願いがあったの 忘れるところ
私の葬式の日は 晴れ にしてほしいの エミィならきっとそ
れくらいしてくれる  何たって運がよいのですもの
それには 洗濯物を干して 私を送り出してちょうだい
私ね エミィというと あれを思いだすの  山が近くに見え
たのよ あの日は  なのにエミィが洗濯物を取りこまない内
は 雨が降らないのですものね
三日後
遺言ですから
村人たちとしては大いにあきれたのですが
棺を見送る山の家に 洗濯物が いっぱいに干されていたので
した
葬儀のあと 洗濯物をとりこむのを待っていた ように 雨が
振って来て アルプスが隠されてしまいました

終ノ二


トランシルヴァニアの白い山なみ
名もなき山ですわ
吐き捨てるようなマギーのことばを思い出して ジミィはしば
し歩みを止めました
馬や騎馬を借り出して 女たちはこれに乗せています
どうしたの お父さん
お前の母さんのマギーのことを考えていたんだよ
ちら と見やるエミィは ふたりの会話を聞いているのか
聞いていないのか 山脈の白い峰に目をやっています
マギーは あの山のような女だったよ
山のような━━
あの山の ようなさ  そこらの名もなき山ではなくてね


アルプスほどには高山ではありませんね
ああ だが同じように 気高い山たちじゃないか
誇りを失うことがなかった のですね
うん  誇り高い女 力強く そうしてなおその上に美しい
マジャールに帰らなくてはならない  その前に 多くを学ん
だ英国に 彼女の居た確かな証しを残して
それが僕なのですね
山に向かって進むうち 道が曲って行くのを そこから小道に
分け入ります
黍畑が広がっていました
マジャールの民族運動が一旦収められて 東の間の平和がこの
あたりにも訪れています
この一面が 戦場になったのです
麦秀漸漸 禾黍油油  麦が青々と生え キビはつややかに実


りを迎えようとしている  例によって彼らが詩経を誦むのは
むりもよいところです
そう ここなのね
ブタペストに宿泊している時 秘かに銃をとどけてくれた者が
ありました
マジャールではなく オーストリアの兵士でした
あの女(ひと)は 俺のケガを命がけで救ってくれた  あの女の
仲間は 俺が敵だと言って殺すか放っておけ と言ったのに
間の前にケガ人病人が居る時は それが敵か味方かどちらでも
手当てせずに居られない
そういう教育を受けて 今ここに居るのだ と言って
だのに 俺は あの女を射った  いや俺が射ったというので
は━━多分ないさ  でも あの女が居ると知っていたら 銃
は射たない 決して


知らなかったけど あの日あそこに あの女が居た
ケガ人のために ではなくて パルチザンの戦士として ね
だから 俺が射ったと言っても同じだ  俺はそう思っている
戦いが終って 俺が見つけたんだ あの女は キビ畑の中で死
んでいた  この銃を持って━━ 一発も射ってはいなかった
けど 戦士として死んだんだ━━と思う
戦闘の中で 戦士として死ぬのは しかたないと思う  俺に
しても いつかはああなるんだ
さ 永居は無用  言いたいことは皆言った
兵士はかなり訛りの強いドイツ語でしたが クララが通訳して
くれました
仲間に裏切者と思われないように 兵士はこっそりと出て行き
ました
今 リトル・ビリィの立つ このあたりが 兵士に教わった場


所 なのです
畑の所有者には わたりがつけてあったので 少しばかりキビ
を刈り取って 敷物を広げます
赤ワインを地に注ぎ パンと水を供えます (三位一体)
私たちも いただきましょう
そう 戦士として ね  ナースとして流れ弾に ではなくて
でもナースとしては フローラの志を捨てなかったみたいだ
フローラの教えがなくても ナースならば 目の前の傷病者を
放置できないのよ ビリィ
そうなんだね  そうなのかね お母さん  僕をイギリスに
置いて それをお母さんが生きていた証しとして  僕には解
からないよ
ずうっとずうっと そのことを考えて来たんだ  解かるよう
な気がしたこともある  でもやっぱり解からない


ここへ来れば この大地に立てば 何か感じるかと思った
━━んだけどさ
エミィが 例のハンカチを出しました
ハンカチは顔に当てられず 手に握られたままでした
ビリィが顔をエミィの胸に埋めに来ます
しっかりと肩を抱きよせてやります
エミィにとって こうした場合のハンカチは絶対のものですが
リトル・ビリィには ハンカチなどよりエミィの胸というわけ
その胸に圧し当てられた頭を撫でていると 何だかこの子の気
持がそのままエミィの気持になったようでした
ハンカチが要るのはエミィの方で こっちは埋める胸だって
ないんです
マリアたちが随いて来る のが わずらわしい と思っていた
エミィでしたが


アナが身を寄せてくれる
マリアが背にすり寄って背に手を当ててくれる
クララが前に回って ビリィもろともにエミィを抱える
居てくれて助かったと思うのでした
日が傾いて エミィがスカートの裾を払い 立ち上がります
峯が バラ色に輝いて
ああ お天気が良いわね  ねェマリア 今晩中お天気が続く
んじゃないかしら
海の上ですと かなり天気予報にも自信があるマリアですが
ちょっと ここでは━━ それでも
ええ 明日も又 よいお天気ですわ
ずうっとここに住む人のように 依り代となって 誰かのこと
ばを伝えているかのように
お母さん 声が変よ  ━━でもそうねェ 気持ちのよい夕方


ですもの 帰ってしまってはもったいないわよ エミィ
私 あなたほど若くはないから 冷えないうちに と思って
それ 私のことね  馬にはテントも積んで来たんですもの
私は平気よ
クララが言っているのは 伴の兵士が ごく近くと言ったので
すが こういうのって アテにならない 野宿の用意もして来
たのだし クララもそのつもり
今から帰っても 町にま夜中にはいって行く のは 検問とか
やっかいだから 予定通りに野宿をしよう というのです
そう 星をお見せしますわ
お母さん やっぱり 声がおかしいわ  それに━━お見せす
るって 何のこと  ━━そう 星はきれいよ きっと
火を起こそうか
薪は━━キビの茎でも役に立つかしら


やってみるさ
火力は弱いながら 火があるのってよいものです
満天の星 次々と数が増えて行きます
東の赤い星(の)は 牛の目(ブルズアイ)かしら
箕星(みぼし)があの高さだから からすとんび と  お三大星様
(さんだいしようさま) も出てくるよ じきに
アナ マリアの星の名前 私の知ってる星のことよね
ええ みぼし というのが牛の顔ですわ  ヒアデスのこと
からすとんび は 觜 つまりオリオンの頭の三角の星
お三大星様は 参 オリオンのベルトですわ (ベテルギウス
プロキオン シリウス という説もあります)
星たちの下で 女たちはおしゃべりに時を過ごし
男ふたりは 焚火を背に 夜空に黒々と見える山を見やってい
ます


あの山のように 気高く 強く 美しい女
瞼の母というのは いくらでも美しくあるものです
美しい女 というものへの目が肥えて来れば それに応じて
エミィがいかに不利か ということを述べているのです
それではあっても 連れて来よう と決めていたのですから
この女も 律気というか 頑固な心の持主と言うしかありませ
んね
そこを見込んだマギーの目は正しかった とも言えます
テントに父親と並んでいた リトル・ビリィが がばっと起き
上がります
どうした
夢━━です
母さんの  哀しそうだったかい
いえ 笑ってました  僕 隣りのテントに


ばか エミィの他にも女たちが 若い女も居るのだぞ
そうでしたね  ちょっと 涼んで来ます
外は 二十五日ころの月が出て 明るくなっていました
どうしたの ビリィ
母さん!  僕 今 母さんのところに行こうと思って
マギーお母さんね 私のところに来た のかしらねェ  顔は
見えなかったけど マギーだと思うの
夢  僕も見ました  顔がわからないのですけど 笑ってい
たと思います
そう  お別れを言いに来てくれたのかしらね
お母さん ごめんなさい ごめんなさい
何ァに あやまることではないわ 子が母を 殊に男の子です
ものね 求めるのは自然なことよ
そこらかまわず キスの雨が降り注いでいます