『………オジサン。』

ふいに、聴こえた。のは気のせいだ。
振り返ろうにも、ここは船の上。
釣りのポイントを目指して船を動かしているおいらの側には、当然ながら誰もいない。
耳に残るその声は、数年前までは毎日のように聴いてきた声。
ふざけて使うその単語を、おいらはとても愉快に感じていて。
メンバーだから許されることだし、他の人からは言われたことはなかった。

なんで?

波を蹴る轟音の中にいて、そこだけ音も時間も止まったように、その声は耳に入ってきた。気味が悪くて思わず耳を触る。

……あ。

『もう、なにやってんのよオジサンは。』
呆れながらそう言って、ちょんとおいらの耳に手で触れる感触。
ずっと昔のことなのに、鮮明に蘇る言葉と感触。
そういえば、元気にしてるだろうか。
今は、自分のやりたいことを思いきりやれてる楽しさで、メンバーには申し訳ないけど時間も忘れて生きている。
辞めるつもりで伝えたけど、おいらの席はまだ『嵐』とともに残っている。
わかってはいるけど、まだ今は、そこにまた帰ろうとは思えていない。
これまでやりたくてできなかったこと、もっと自分にできること、挑戦したい気持ちの方が強くて、寂しいとか思うこともなかった。

なのに。

「にの…。」

ふと口から零れた、ニノの名前。
嵐としての活動がなくなっても、あいつはいつもふざけて楽しんでいて、あいつの周りにはいつもたくさんの人がいる。心配してくれる人も、愛してくれる人もいる。
だから、ニノもきっと、充実した、おいらがいた時と変わらない毎日を過ごしてるはず。
メンバーのことも、心配はしていない。
みんなおいらよりずっとしっかりしてるし、仕事もちゃんとできるやつらだから。

だけど………。

空耳とわかっていて、その声がとても寂しげに聞こえたのが気になった。
あいつは大丈夫。おいらなんかいなくても困るわけない。
でも、この声の感じ、どこかで聞いたことがあったような…。

そう思ったら、あんなにポイントまで着くのが楽しみだった気持ちがぷつんと切れた。
船のエンジンを止めて、眉を顰める。
空はどこまでも青く、海もどこまでも蒼く続いていて、ちゃぷん、ちゃぷんと船が波に揺られている音しかしない。
耳をすませたって、こんな海の上で聞こえてくるわけもない。

幽霊か?

自虐気味に心で呟くものの、なんか幽霊でさえもあいつなら有り得そうな気がした。
普段ならしないこと。
全然連絡なんかとらなかったし、正直、気にしてなかったこと。

呼んだ?

おいらは携帯をタップして、懐かしいニノの名前にそう送った。
いや、絶対変に思われる。
仕事中なら気づくことないだろうし、本当に何やってんだ俺。
急に、恥ずかしくなって思わず長押しして削除しようとしたおいらの手が止まる。

──聴こえた?


え?
ウソだろ?
ホントに?
ニノからの返事に、おいらの頭は真っ白になった。
そうだ、こんなやりとり、ずっと昔にもあった。
おいらが京都に行ってた、Jrの頃。
ホームシックになって稽古がきつくて逃げ出したくて、でもそんなこと言ってちゃいけないって踏ん張ってたあの頃。
ニノが電話をくれた。
あいつは元気そうだったけど、おいらの名前を呼ぶ時だけは少し寂しそうで、離れてるのはおいらの方で、寂しいのはおいらの方なのに、大ちゃんがいないと寂しい、そう言って泣きそうになってたこと。

ニノは、いま……───






終わったはずなんですが、もどかしくじれったく続けてしまいました。
大野さんの今を想像するのは難しいので、抽象的ですが、線と線で繋いでみたくなって、続けてみました。
読んでいただき、また数年ぶりの投稿にも関わらず『いいね』をたくさんいただいて、本当にありがとうございます。感謝です。