ファシズム=社会主義→グローバリゼーション→普通の国へ? | あらやす日(本)誌

ファシズム=社会主義→グローバリゼーション→普通の国へ?

社会主義・共産主義の国は、
個人の所有権=物に対する自由等を奪って、

人も労働するモノにして労働力を完全に確保し、

その他の生産手段や技術等も国家管理する。

さらに、

「労働」重視のために、

個人の心の自由、自由な考え方も縛りをかけてゆき、

芸術等の諸文化は衰退してゆく。

 

【蛇足】

20世紀に生んだ社会主義・共産主義の統治社会で管理する「労働者」や、現代社会で生まれている「移民」も、合理的・合法的に安く使える「奴隷」的な層になるのだろう。

 

 

かつて、

ドイツのナチズム=ファシズム(全体主義)も、

名義上、個人の所有権を維持しただけで、

実質的に、

金融界、経済界等の巨大な諸産業は、

ほぼ国家管理になっていたのでほぼ国家社会主義。

また、

国家主義の元で、

宣伝省ゲッペルスの扇動等で、

民主化の幻想(国民の賛同的な意思)を産出して、

(日本の新聞等のメディアもこの幻想を産出した…)

個人の自由も奪われ、

存亡の危機でもないのに欧州周辺諸国に侵攻して、

ユダヤ人の大虐殺等、

多くのドイツ国民が準共犯になった。

 

当時、当初はドイツと旧・ソ連は同調して、

ポーランド等の侵攻を東西から共に行ったが、

その後、両国は対立してゆく。

第二次世界大戦で最大の死傷者を出した、

ドイツと旧・ソ連の戦争=独ソ戦の戦場は、

同類同根の闘いの場だった。

 

これは、

西欧社会の歴史観、知的層でも、

単純に否定できない普通の、一般的な考え方になっているが、

日本では…

歴史(教科書)的に、

ナチス・ドイツと日本は同盟関係、枢機国で同列にするだけだが…

 

ナチス・ドイツの全体主義を国家社会主義として、

旧・ソ連の社会主義・共産主義を同根にすることで、

大きな国家政策を否定する動き(小さな政府等)につながってゆき、

ケインズ経済学を否定する反国家主義=新自由主義の基盤になっている。

この基盤が、

今蔓延しているグローバリゼーション(自由な資本主義=新自由主義)を支えている。

 

政治・経済学者フリードリヒ・ハイエク等によれば、

社会主義とファシズム(全体主義)は同根だと定義している。

「同根」の根とは、

国家(裏の実体はナチ党・共産党等の特権階層)は、

個人よりも優越的に立つことで、

自由な経済市場を否定または統制することを意味し、

この統制には、

国家の計画経済や経済等を統制する諸規制をつくること、

等を意味している。

このハイエク等の「経済の自由」は、

東西冷戦時代、1970年代後半から、

日本以外の旧・西側陣営にいる先進諸国では、

反共産主義の姿勢として旧・西側陣営を支える一般論になっていた。

 

【参考】

・フリードリヒ・ハイエクは1974年・ノーベル経済学賞受賞。ハイエクの著書『隷属への道』は、1944年、アメリカのシカゴ大学で出版され初版で35万部、今まで200万部を超え、グローバリゼーションを支えるリバタリアニズム、新自由主義の原点になった著作。隷属への道とは、ドイツや旧ソ連のように「国に隷属」する人々の道=統制・規制された経済への道。

・経済理論上、ハイエクとライバル関係にあり、国家政策を重要視しているケインズは、「隷属の道」を激賞した。しかく、ハイエク宛ての手紙で「これがどこに一線を引くべきかという問題であることは、あなた自身がよくわかっているだろう。どこかに線引きをしなければならない。この論理を極端まで推し進めることは不可能だ。」と反論した。ケインズの言ったこの「一線」をさらに軽視して一線をさらに向こうまで拡大したのがハイエクの弟子学者のミルトン・フリードマンだろう。

・1970年代、東西冷戦時代の頂点時期に、ハイエクとフリードマンがノーベル賞を取り、新自由主義(グローバリゼーションの源)は、反共産主義の経済思想として尊重されてきた(日本以外の多くの国では…)。ハイエクのいた米・シカゴ大学で新自由主義=シカゴ派が成長し、ハイエクの弟子ミルトン・フリードマンは、ハイエクのノーベル経済学賞受賞の2年後、1976年にノーベル経済学賞を受賞。ただ、ハイエクは、経済学だけでなく法学や政治学でも博士号も持っており、経済分野だけでに固執するフリードマンよりも視野が深く広いようだ。

・日本でも『隷属への道』は翻訳出版されたが、日本では左派温存して左傾化的な中立政策のために、関連本の紹介や大学の授業で話す事はタブーにさせて焚書坑儒的な動きがあったのだろう(欧米に留学して学んだ日本人はいるが…)。日本は…中立的な政策のもとで反共的な動きを抑制し、日本の政治学・経済学等も左傾化していたたため、日本の学術界等は新自由主義の導入をなかば拒否していた(?)ようだ(今も…受容しない感じ)。

 

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・経済学者ジョージ・ライスマンの著書「 Why Nazism Was Socialism and Why Socialism Is Totalitarian」(私訳:ナチズムが社会主義の理由、社会主義が全体主義の理由)。

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しかし、

日本は、

東西の中立政策を維持するため、

反・共産主義主義の経済思想になる新「経済の自由」=新自由主義に乗らずに、

なかば国策として、

経済学関連の学会や、

大学・大学院等でも学問研究等として導入しなかったようだ。

 

 

今、

中国は、

社会・共産主義 + 資本主義=中国であり、

ナチス・ドイツ + 旧・ソ連=中国のイメージもあり、

全体主義的な国のイメージになっており、

諸外国に圧力をかけている危険な国になっている。

また、

中国は、

隣国の北朝鮮と同盟関係にあるが、

北朝鮮は属国的な不平等な同盟関係を拒否して抵抗しているようだ。

 

欧米、特にアメリカではトランプ政権になってから、

中国の軍事・経済覇権主義による米中対立を始めているが…

日本は、

中国の南・東シナ海の侵略的行為を身近で見ていながら…

対立的な構図を想定できないようだ。

日本は、

共産主義を受容して新自由主義を受容していなかったことから、

東西冷戦時代の中立的な「日本」から抜け出せず、

謙虚すぎる中立性をいまだに継承しているように見える。

 

【参考】

・アメリカのトランプ政権で,中心的な閣僚だったスティーブ・バノン氏は、メディアのインタビューで、「今の中国は、まさしく1930年のドイツだ」(“China right now is Germany in 1930,”)と言った。この考え方は、バノン氏だけでなく、政治学上、欧米の知識層では完全に否定できない定義だろう。

・世界大恐慌の翌年、1930年9月14日に行われたドイツの国会の選挙で、ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)が12議席から107議席に大躍進し、社民党に次ぐ第2党となった。1930年は、ナチズム=全体主義が生まれた年だといえる。

・新自由主義に無知な日本では、バノン氏の「中国=ナチ的」発言の背景に新自由主義的な歴史観があることを理解できないのだろう。

 

 

かつて

1945年、

第二次世界大戦が終わって、

ドイツのファシズム(全体主義=国家社会主義)は消えたが、

同類同根の社会・共産主義は生き残って世界に蔓延しだし、

東西冷戦が始まった。

 

1990年代前半に、

社会・共産主義が自滅的に解体して東西冷戦が終わったことで、

反共産主義の思想=新自由主義=反国家主義=グローバリゼーション

の時代になってゆく。

 

今も四半世紀続いているこの動きは、

「国益」の損失が裏表で被り、

伝統的な国家観、社会観と対峙してゆく。

 

日本は東西冷戦時代に国策として中立的な政策を取るために、

ハイエク等の反国家主義的な自由な資本主義=新自由主義を拒否したことで、

(マルクス経済学は露骨に支援しなかったとはいえ…)

旧・西側圏が行った「共産主義」の弾圧・抗議等を一切せずに、

広義的に左派系を受容してきたようだ。

 

日本は、

東西冷戦時に中立化政策で左傾化したことで、

国策も重視して過剰な諸規制

(経済的な法規制、官公庁の規則類・行政通達等)を生みだして、

旧・東側諸国に類似した行政権を肥大化させた。

(旧・東側諸国では行政権=共産党だが…)

これらは、

東西冷戦後に動き出したグローバリゼーション

に対する社会的な抵抗になったが、

バブル&バブル崩壊で社会的抵抗勢力(日本独自金融資本等)を抑制させて、

グローバリゼーションに急激に巻き込まれているようだ。

 

日本は東西冷戦終了と同時期に、

見えにくい経済上の日本独自の安全保障は崩され、

(見えやすい軍事上の日本独自の安全保障はナイに等しいが…)

新自由主義のグローバリゼーションが蔓延しだし、

外国資本が参入してくる。

 

今、

この戦後日本体制の根無し草(「国」否定)的な理念を崩し、

周辺からの圧力、動きに抵抗するかのように、

普通の「国」の概念が再生しつつある。

 

日本の安全保障は、

表に見える軍事上の安全保障はアメリカに依存して、

独自に守ってきた見えにくい経済上の安全保障も危機になっている。

ただ、

経済上の安全保障も、

軍事上の集団的自衛権のように、

透明な世界にできるならばマネーをうまく共有することで、

集団的自衛権を裏でつくれるともいえるが…。

実際、

自由主義、民主主義を大義にして、

世界には暴利をむさぼる大口の顔を持った、

「見えざる手」が動き回っている。

 

普通の「軍」の再生と共に、

世界からの経済的圧力=グローバリゼーションの手を品定めして、

日本の良い手を世界に伸ばしてゆくために、

今まで中立化のために温存してきた社会主義の持つ適度な国家主義を活かして、

適度な諸処の国家管理を行うことが日本の必須課題だろう。

 

ただ、

肥大化した日本の行政権等を統制できないこと、

立法権・司法権・行政権を明確に分立(三権分立)できないことは、

完璧な違憲だと考えるべきだ。

また、

国家(母国の存在)の否定や政権打倒だけを考えるような、

無政府主義的な危険な社会主義・共産主義の思想は、

完璧な違憲だと定義すべきだ。

 

【蛇足】

・「軍」を持たない世界唯一の先進国・日本は、見えやすい問題として、軍事上の安全保障問題として、憲法改正議論は普通に表に出てくる(今まで普通に出なかったのが不思議なことだが…)。

しかし、今後も(半世紀たっても…)、経済上の安全保障問題は、憲法問題にできずに隠蔽されるだろう。経済上の安全保障問題は、自由主義的な経済市場にあって、多くの「見えざる手」に悪魔の手も出てくるので、昔から不透明で見えにくい。

・経済市場に手を出す覇権や金銭欲の強い大口投資=「悪魔の手」を完全に削除するには社会主義的な国家統制・監視が必要になる。昨今、金融・経済のマネーのデジタル化によって、マネーの動きが証拠で残る透明な時代に入りつつあるが、デジタル上の数値も修正・削除しやすいが…。