(回顧録〜現在までを綴るので

時系列は前後します。)



高一の二学期から不登校になり

その後その高校には

あの手この手の説得を試みるも

徒労に終わり



今ならいろんないいわけをして

実家に引きこもりゲーム三昧の日々は

送らせなかったと思いますが、




その時はまだ、

ゲーム依存のことも



躁鬱のことも

疑いくらいで向き合えていなかったです。



結局最初の高校に息子がいけたのは

退学手続きの日だけとなりました。




診療内科には行けない息子に代わり

母がいきました。


カウンセリングも母一人で行き、行ける時は息子も連れていきました。




次の通信制高校は

母である私が探してきました。

転学です。



高一の11月。

高校は通信制にかわり

それも行けなくなったのは

高2の冬。



お母さん、オレが中学で習った内容今してるで。

友達もできて、プリクラやマクド寄ったり、

よかったなと思っていたのですが、

そんな日は長く続かず、

今度の担任は、最初の懇談で、

私に○○(息子)は怠けている!

もっと頑張るようにと言われました。



通学電車で腹痛がして途中下車してトイレに行き、乗り直して通っている息子が怠けて見えるのでしょうか。

土日は元気、平日は朝がとにか起き辛く、

それでも通った高校も、どうしても起きられなくなって欠席が増え、進級が危ぶまれるように。



高三からは

月一コース(ほぼ在宅)に変更してもらうことで、高卒になれるからとコース変更しました。



紆余曲折の末に



唯一受験した

行きたいと言っていた大学に合格🌸



息子もわたしも今度こそ‼️

という思いでいっぱいでした。



大学にも前もって障害特性を知って対応してもらおうと母が相談に行っていました。

そして入学式。



大学の入学式についていって

大学の門の前で並んで撮った写真。



あの日の嬉しさは

今でも忘れません。




  



ところが、

そんなにいいことは続かないもので。