愛と幸せ From Yō Marius -26ページ目

愛と幸せ From Yō Marius

愛の伝道師 こと Sexy Zone マリウス葉を絶賛応援中♡!

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Sexy Zoneについていろんな目線で語ります\( ・ω・)/

Hello!こんにちわ。


意外にも、こちらのくだらない企画に沢山のアクセスをいただいたので、驚いています。


今回は、私のかねてからの疑問、


中島健人はいつからラブホリになったのか


がテーマです。



最近、健人っと大先生は、ラブホリラブホリとか呼ばれちゃってるんですけど、


長ーい間生暖かく見守ってきた私からすれば、ものすごい違和感を感じざる負えない。


こいつ、こんなにラブホリキャラだったか!?


また、大先生は最近ピアノ弾けますアピールがものすごいですけど、そんなこと言ってた!?


しかも、小2からやってたんだったらもっと上手なはずなんだけど・・・



すごい疑問なんで、家中を漁って解明してみました。



wink up 2010/8 に、こんな記述を発見。


「一年くらい、前から(略)甘いセリフを言うようになって・・・ 」


っていうことは、2009年の夏ごろ、つまり2009年の夏のジャンプコンで言い始めたんでしょう、きっと。


「同じことばっかいってもしょうがない。みんなと違うことを言った方がいい」


っていう振付氏さんのお言葉に触発されたみたいね。


意外に歴史は古かったw


しかし!その次に今じゃ考えられない衝撃の言葉が。


「勇気を出して胸キュンなセリフを言ってみた(笑)」


勇気を出してたのか・・・!!!!!


びっくりだ。むしろ、今じゃ、楽しんでるくらいじゃないか。


しかも、


「・・・最初はケータイにメモしてた・・・」


可愛いw 健人の個性を形作る原点はここにあったのか。


ラブホリキャラは、努力の結晶なのね。 


それにしても、ラブホリキャラを頑張って作ってるうちに、キャラと本人の性格が一体化してったんですかね?


じゃなきゃ、握手会の対応とかコンサート一人芝居とかありえないと思うんだけど。


きっとHermione とEmma みたいに、キャラに乗っ取られてるのかもね、気づかないうちに。



でも、いいことよ!ラブホリキャラを極めるうちに、アイドルとしての実力を確実につけていったわけだし、


その強烈な個性はこれからも彼の身を助けるでしょう。



結論


中島健人は2009年夏ごろから徐々にラブホリ化していった。