駅から家へと続く信号がただ黄色く点滅している。
始めたばかりの頃はこの点滅を見るとげんなりしたものだったのに、とっくに当たり前になった。

ゆっくりゆっくり、体を前に運んでいく。

家の一つ前の信号に差しかかったとき、意識を正気に戻す。
押しボタンではとても待たされるこの車通りの減った道を横切るために。

まだ死ぬわけには行かない、そう思っていることを通り過ぎるトラックのヘッドライトが告げていく。

鍵を差し回す。その軽さにぎょっとする。
あぁ、ついに鍵をかけたかもわからなくなったんだ私。

猛烈な自己嫌悪にまみれてドアを引く。


「おかえり」


急激に嗅覚が戻ってくる。
大好きな人の匂いと自分からする違う匂い。

胸が詰まって、吸い込む匂いがごちゃ混ぜで涙が出た。
会いたくなかった。うそ。会いたかった。会いたかった。でもこんな私で。ぐるぐる。ぐるぐる。息を忘れるくらいに。疲れた。足が痛い。手首も痛い。誰にも言わなかったけど本当はお腹も痛い。心も痛い。今日ミスしたの。つらい。つらい。会いたかった。

自分に染み込んだ匂いが嫌で嫌で、上着を脱ぎ、トップスを脱ぎ、本当は全部脱いでしまいたかった。それくらい嫌だった。

彼の温度にますます呼吸がわからなくなる。
吸わなきゃ、吸わなきゃ、こんなの嫌。嫌よ。

「ん、頑張った。頑張ったよ。大丈夫。大丈夫だよ。」

『お風呂、お風呂、一緒にお風呂入って、ねえ、一緒じゃなきゃ、嫌なの』

「いいよ。いこ。」

彼は部屋着になっていて、きっとお風呂は先に入ったんだろうと頭は理解していても心が追いつかなかった。ごめん、ごめんね。

彼は涙のやまない私の髪を優しく洗って、普段湯船には浸からないのに一緒に入ってくれた。のぼせやすい私をちゃんとのぼせる前に上がらせて、バスタオルを巻いて「着替え取るからクローゼット勝手に開けるよ。ごめんね、」と一瞥して部屋へと消えていった。

ポタポタと滴を落としながら、ふらふらと追いかければ

「ひとりにしたのやだったね。」

そう言って私の手のひらに服を乗せた。

『たか』

「ん?」

『たかのがいい』

「俺の服ってこと?」

『たかの匂いがいい。たかの、たかの……ううっ、たかの、私はたかの。たかのなの。』

もう、今日はだめだ。
感情が言うことを聞かない。

『ごめん、ごめんね、ごめん、…ごめんごめん………』

「ん。大丈夫大丈夫。」

いつの間にか私の体は温かく着込んでいて、背中にはずっと彼の温もりがあった。

『……もう、大丈夫です。ごめん、取り乱しました、』

彼の胸を押した手を握ってそっとその背中まで回した。
そして彼は引き続き頭を撫でるのだった。

『たか、もういいよ?』

「俺がよくないかなぁ。」

「俺の大事なのがボロボロになって助けてって言ってんのに、ホイホイ離すわけないっしょ。」

「こうやって守られてよ。俺の匂いも腕の中も、みんなあげるからさ。」

「大好きで大事で仕方ない人のわがままくらい、もうお腹いっぱいってなっちゃうくらい聞かせてよ」

言い返せるほどの元気なんて残ってなくてただ頷くしかできない私だから、ありがとうの気持ちが伝わればいいなと思いながら今日はくったりと全身の力を抜いた。