今まで好かれたいがために人の顔色を伺い自分の気持ちや考えを言ったらいけないと思い込んできた

相手に合わせるのは得意中の得意

自分なんかまったく持ちあわせてなかった


それが、歳を重ねるたび、いろいろ経験するたび

楽に生きるためには、自分を出した方が良いんじゃないかと思い始めてから


人に対して意見が言えるようになってきた


ただ、それも我慢を重ね限界の状態になってからようやくなので、爆発するという感じ


なので大抵の人はそんな私に面食らう


『いきなりギア入るんだね』とか『大人しそうだけど本当は違うよね』とか『かなり抑えてるよね』

昔は何故か知らないけど、人から分析された


言われたその当時はそうかしら??と自分のことなのに他人事のように感じ

自分は何者かなんて考えようともしてなかった


自分を知らないのは、今風に言うと

かなり痛い

痛い子です。


若くても、しっかり自分を分析して楽に生きている人もいるがそうでない人の方がはるかに多い


子供の頃は親や先生から日記をつけましょう。と言われ書くが


大人になると慣れや自惚れ


日々の生活に追われ仕事も忙しく、そんな時間はないと自分の事なんて後回しになる


私はうつ病を長い間煩い、今現在も闘病中


薬りに依存したくないから認知療法をやったり、日記や自分を知るノートなどつけてる


毎日、自分が何を感じ、何を考え、どう思ったか検証したり反省したりしなければ、心の安定は難しい

スビリチュアルだとかヒーリングだとか人に求めるのではなく


瞑想、自分内観などひとりでも毎日続ける事が先だ



自分の感情に気付きにくかったり、わからないとしても自分の心の状態はあなたが理解できなくて誰がわかってくれますか??


自分に問いかけてみてください。


最近、ブログでも人との関わりの中でも自分を程よく出せるようになった

嬉しく思う


でも、今だに

『やっちまった~?』と不安になり自分を責めてしまう時がある


どんな時か??相手を不機嫌にさせてしまった時だ


それは、母親の顔色を伺っていた頃のトラウマが原因


相手を怒らせてしまった、不快にさせてしまったという事に異常に反応する

つい最近までその感情にとらわれていた


でも、こう思う


相手の思考までコントロールすることは出来ないし
その責任を私が持つことは全くない

相手がどう感じるか、それはその人が選んだ思考なのだから喜んでも笑っても泣いても私には一切関係のないことなのだ


それさえも私が責任取ろうとしていたのだから驚きだ


ただ、ブログ発信する側としては、内容や言葉に気をつけるべきだと思いながら書いてる


今の私のブログは安定した心の状態を保つための手段であり、自分内観のため

自分の感情を明確にして平常心を保つ役割を持つ


これからもその状態を保ちながら成長していけるブログにしたいと思ってる

いつもありがとうございます。


ツインソウルの日々

ピンクの指輪