先週の木曜日、自治会住民に対するビラを印刷し、配布して、めちゃ疲れがどっと出た。　

次の日から１週間も雨が続くらしい。

畑の水やりをしなくて済む。プールも休み。書道の稽古も手話講座も夏休み。こんなときにコロナで何日も家にいても、うんざりするだけだ。

新幹線に乗って、５００キロ移動すれば、緊急事態宣言の首都圏を脱することができる。天気は彼の地も雨予報だが、観光や街歩きをする予定はない。

リュックひとつにパソコンと着替えと書道道具だけを詰め込んで、翌朝、旅立った。

ひとりはいい。　年取ったらひとりがいいという人は多い。　家族と住むというのは仲が悪いと地獄だし、良くても心配事と不安で、死を前にして自分と向き合えない。一人のほうがいいという人は多い。

新幹線を降り、食料を買いこんで、ひとりで閉じこもった。　ぼうっと、窓から雨に煙る街をみていても、退屈しない。　遠くの船の運航、街の音との距離感が心地よい。

携帯電話はすぐに充電切れになってしまった。　充電アダプターを忘れてきた。　３Gガラケーだから、充電パックは売っていない。つまらない電話はかかってこないから、かえってよかった。

書を書いたり、古い書棚から本を取り出して読む。　日本の近代小説が多い。私小説とか、詩集。　中原中也、金子光晴…。

パラパラと読むが、昔の小説は描写がすごい。今の小説なんて描写力がない、いや描写そのものがないのだ。　

非常事態だからなんだっていうんだ。戦争中はずっと何年も非常時、それでも紀元二千六百年（昭和１５年）を盛大に祝った。今のオリンピックと重なる。

「帰省や旅行は控えましょう」。　人流５割減だと。そのためになんだかんだとTVではみみっちいことを言う。　

それでコロナ戦争に勝てるのか？　そのうち、大和魂とか神風とか言うんじゃないだろうね。　政策の失敗を憲法のせいにする。　

焼夷弾は水では鎮火できないのに、バケツリレー。竹槍訓練。風船爆弾…。

男手を戦争に取られた家庭の灯火管制の薄暗い夕餉。薄いお粥と野草のおかず。　そのころ、海軍将校の夕食は、肉、魚、スープに前菜。デザートまで。　金持ちの息子は徴兵を免れた。

戦争中の英語禁止令、言いかえの言葉を考え出したのは国ではなかった。ドレミファはイロハ、　野球用語もストライクは「よし、一本」。カレーライスは「辛味入り汁掛飯」。　「六弦琴」はギターだ。戦時中の一種の庶民の言葉遊びの娯楽。

そんな時代に、金子光晴は「三人　子供の徴兵検査の日に」という詩を発表する。

癩の宣告よりも

もっと絶望的なよび出し。

むりむたいに拉致されて

脅され、

誓はされ、

極印をおされた若いいのちの

整列にまじって、

僕の子供も立たされる。

金子光晴の一人息子は、病弱だった。　金子夫婦は、徴兵検査の前に、子どもの身体を痛めつけて、徴兵検査の時に持病の気管支カタルの発作が出るように画策した。　そして、ついに２度の徴兵検査を免れて、終戦の日を迎えた。

「富士」という詩も、その抵抗が肉親愛だけでないことを表している。

小野十三郎の「重油富士」という詩も好きだ。

富士山とか桜とか、靖国神社の英霊とか、平和祈念式典とか、終戦記念日とか、戦争とはそんなきれいごとで気持ちがおさまるようなものではない。　戦争という過去があって、７６年間もそれを忘れてたまま現在になって、安心していたら、過去の戦争が追い抜いて行った。　後から必死で追いかけたら、まだ間に合うだろうか？

少なくとも、金子光晴みたいに抵抗するのだ。　後ろから石を投げるのはどうだ？

雨降ってるのに、一匹の蝉が部屋に飛び込んできて、床に引っくり返って、それでも鳴いていた。５分も鳴いたら、ピタッと止まった。　死んでいた。

蝉は自分の運命なんか知らないで、命のある限り鳴く。　生きていることが苦だとは思わない。

これから秋にかけて、蝉の死骸があちこちで見られる。

田山花袋、私はまず読まないが、最後の解説文を読んで驚いた。

（田山花袋は）、数え年六十歳で逝去した。その死を迎える態度は哲人・高僧に似たものがあったと伝えられる。治療も甲斐がないと知ると全部断った。水も薬も一滴も通らないありさまで、自覚して飢餓死を待ったという。彼は彼なりに文学を通じて悟得し、道に達した生涯を送ったというべきであろう

　田山花袋

知らなかった。人間は生きるための努力をあっさりと放棄し、きっぱりと死を迎えることができるのか？　ある程度、身体が衰弱したら、生きるためのめんどくさい努力はやめて、もうどうでも良くなったと、餓死した孤独死もたくさんあるのかも知れないなと思ったりする。

買ってきた食料が底をつき、雨の中を買い出しにでかけようと思ったが、食べなくてもいいか…と思った。　コロナで馴染みの近所の食堂が休業している。もうこのまま閉店するかもしれない。　コンビニやファミレスには行く気になれない。

でも、田山花袋が水も飲まなかったというのはどういうことか？

西日本は大雨の災害で、また、家などが流されている。　東日本大震災で津波が引いて何もなくなった光景を思い出す。　

今日も、全国で２万人もの人がコロナの感染を宣告された。救急車も保健所も崩壊状態で、自宅で放置されている人は、発表される数の何倍もあるに違いない。

金子光晴は、同じ詩のなかで、こう書いた。

　金子光晴

日本ぢゅうの氾濫している濁流のまんなかに

一本立ってゐるほそい葦の茎のやうに、　

身辺がおし流されて、いつのまにか

おもひかけないところにじぶんがゐる

今の長雨が収まったら、畑は夏の日差しでカチカチに乾く。

そうならない前に、帰るか。

蝉の死骸だらけの畑に…。

長雨の蝉