万葉4516
わけあって、万葉集、懐風藻、記紀、古今集をめちゃくちゃに読んでゐる。
学生時代のごとく。
読んでいて分かるのは、やはり万葉が芸術性において今も頂点であるということ。万葉の中には当然のごとく駄作もたくさんある。しかし、その存在は原点にして頂点。正岡子規もやはりそれを認めている。
私が好きなのは松浦河の仙女、仙媛の柘枝、梧桐の日本琴、真間のテコナなどの「仙女モノ」。
「柘枝伝」などが現存していたら、さぞかし・・・などとないものねだり。
序文を記し、その後に歌を配す方式は、どうやら大陸文学に倣ったものらしく、当時の知識人たちはこぞってこの手法を取り入れている。
古今集の「やまとうたは人の心をたねとして、よろずの言の葉となれりける」ではじまる仮名序もそれに同じ。延喜式なんかも。
・・・と書いていて思ったこと。
「大学時代に戻りたい・・・」。
社会人になってから、こんな古典文学の知識が役にたったこと、皆無に等しい。
まあ、だからいいのですが。
寝る。
学生時代のごとく。
読んでいて分かるのは、やはり万葉が芸術性において今も頂点であるということ。万葉の中には当然のごとく駄作もたくさんある。しかし、その存在は原点にして頂点。正岡子規もやはりそれを認めている。
私が好きなのは松浦河の仙女、仙媛の柘枝、梧桐の日本琴、真間のテコナなどの「仙女モノ」。
「柘枝伝」などが現存していたら、さぞかし・・・などとないものねだり。
序文を記し、その後に歌を配す方式は、どうやら大陸文学に倣ったものらしく、当時の知識人たちはこぞってこの手法を取り入れている。
古今集の「やまとうたは人の心をたねとして、よろずの言の葉となれりける」ではじまる仮名序もそれに同じ。延喜式なんかも。
・・・と書いていて思ったこと。
「大学時代に戻りたい・・・」。
社会人になってから、こんな古典文学の知識が役にたったこと、皆無に等しい。
まあ、だからいいのですが。
寝る。
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」というアニメがある。
結構、人気があるらしい。
仕事で、これに関する紹介文を中国語に訳すことになった。
で、題名をどう訳すか?
直訳すると
「我们还不知道那天看的花的名字」となる。
我们(わたしたちは)
还(まだ)
不知道(知らない)
那天(あの日)
看的(見た)
花的名字(花の名前)
うむ、いいんじゃないかしら。
で、早速、中国のマニアックサイトを覗いて見る。
すると、
「花名未聞」
花名(花の名)
未聞(聞いたことがない)
・・・略しすぎと違うかね?
コメント欄を見ると、
「題名の翻訳を『未 见彼日花开名』とすることを提案するぜよ!」とか書いてある。
未見(見たことない)
彼日(あの日)
花開名(咲いた花の名前)
・・・どうも納得いかない。
とりあえず、私は「花名未聞」の訳に従った。
そのうち、統一見解みたいなのが出てくるだろう。
ところで、外国の作品の題名を和訳したもので、いまだに根拠がわからないもの。
「ビートルズがやってくるヤア!ヤア!ヤア!」(英題=A Hard Day's Night)
うん。
ある意味、後世に残る翻訳だったりする。
結構、人気があるらしい。
仕事で、これに関する紹介文を中国語に訳すことになった。
で、題名をどう訳すか?
直訳すると
「我们还不知道那天看的花的名字」となる。
我们(わたしたちは)
还(まだ)
不知道(知らない)
那天(あの日)
看的(見た)
花的名字(花の名前)
うむ、いいんじゃないかしら。
で、早速、中国のマニアックサイトを覗いて見る。
すると、
「花名未聞」
花名(花の名)
未聞(聞いたことがない)
・・・略しすぎと違うかね?
コメント欄を見ると、
「題名の翻訳を『未 见彼日花开名』とすることを提案するぜよ!」とか書いてある。
未見(見たことない)
彼日(あの日)
花開名(咲いた花の名前)
・・・どうも納得いかない。
とりあえず、私は「花名未聞」の訳に従った。
そのうち、統一見解みたいなのが出てくるだろう。
ところで、外国の作品の題名を和訳したもので、いまだに根拠がわからないもの。
「ビートルズがやってくるヤア!ヤア!ヤア!」(英題=A Hard Day's Night)
うん。
ある意味、後世に残る翻訳だったりする。