知覧 武家屋敷を歩く
武家屋敷は「特攻平和会館」に近い。日帰りだから、ここが最後の訪問地。薩摩藩は表石高72万石、琉球貿易も含めると、大藩であった。西軍に加勢したため、幕府からは常に目の敵にされた。その怨念と執念が幕府打倒へ繋がっていく。
案内書によると、人口の4人に一人が武士階級に属し、城下に住まわせることが出来なかった。そこで藩士を領地内に分散させて住まわせる「外城制度」が採用され、本武家屋敷もそうした一つとして誕生し、現在に残っている。
この日の武家屋敷通りは閑散。7つの武家屋敷が通り沿いに残り、それぞれに簡潔にして簡素。藁ぶき屋根二軒が合体する珍しい「二ッ屋」という旧家もあり、Iさんと隣の茶屋に座した。
Iさんに「我が百姓屋もこんなに立派じゃなかったが、藁ぶき屋根が懐かしい」と語り、知覧茶と地元銘菓に舌つづみを打った。
銘菓 左あくまき 右はげたんは(カステラ)
銘菓「あくまき」とはまた妙な名だ。わらび餅を想起したが、さらにねっとり。女将に尋ねてみれば、木や竹を燃やした灰をもち米に浸して、灰汁で竹皮に包んで煮込む。日持ちが良いことから、武士の野戦食として重宝されたという。今も端午の節句などに欠かせない「あくまき」だそうだ。
Iさんが女将に「お冷」を所望した。私は「もう一杯、知覧茶が飲みたいな~」と呟いたら、女将は急須から「もう一杯」を注いでくれた。ややぬるかったがが、二杯目も美味しく頂いた。
知覧茶にあくまき、旅ならではの楽しみ。飛行機の離陸時間に決して遅れてはいけないと、早々に立ち去った。空港に着けば、「さつま揚げ」がお土産として所狭しに並んでいる。旅の〆に揚げ立てをパックリ。
体操教室の仲間に事の次第を話したら、「もったいない」の嵐だ。「指宿温泉で泊ったら良かったのに」と口々におっしゃる。しかし指宿の砂湯は一夜限りの思い出にそっとしまっておこう、と思うばかりであった。
夜の鹿児島空港







