2017年

6月2日 早朝、気持ちが悪いと救急車を呼び、市民病院へ。検査の結果、軽い脳梗塞との診断。そのまま入院。

6月3日 朝、市民病院から電話。昨夜、トイレで尻餅をついたとのこと。ケガはなし。カカトのある履物を用意。

6月5日 イオンで、高齢者用の靴を購入。早速、履いてみる母。看護師さんに、可愛い靴ですね!と言われ、娘に買ってもらったと報告してた。

6月7日 Y医師と面談。画像を見せられ説明を受ける。脳梗塞は、小さいのが3つで、これは薬でなんとかなる。問題は、脳腫瘍が見つかったこと。左頭頂葉。
医師から、お母さんにはスグに詳しい検査が必要だと伝えたが、イヤだと言われたと。私から説得することにした。
正直、この時はまだ、脳腫瘍と言われても、ピンときてなかった。

6月14日 PET検査

6月15日 入院して、初めての洗髪。若い男性看護師さんに洗ってもらい、母も嬉しそう。ドライヤーでセットもしてもらった。ありがたい。

6月17日 脳神経外科のI医師と面談。現在、考えられる病名は、中枢神経原発悪性リンパ腫か、転移性脳腫瘍、神経膠腫。
左頭頂葉に、1センチ×1.5センチの脳腫瘍あり。
どんな腫瘍かを確定する為に、手術で腫瘍をとり、調べる必要あり。
一緒に聞いていた母の顔が、どんどん、変わっていくのがわかる。
母は、先生、どうしても、頭を手術しなダメですか?
このままで、いいんです。と。

でも。今後の治療方針をたてるには、手術で、できものをとってもらって、調べなあかんのやって。
と、なんとか、説得。
病室に戻っても、手術せしなあかんのかなあ、と、つぶやく母。
頭、切るんだもん、こわいよね。

夜は、実家で、1日早い父の日のお祝い。
中学生の甥っ子が、焼肉奉行してくれた。
じいちゃんの為に、ありがとう。

6月20日 一時退院。久々の自宅。犬達とも、会えて嬉しそう。症状は、何もないし、一安心していたのだが。

6月23日 夜中。頭痛と吐き気を訴え、救急車で市民病院へ。早朝、タクシーで帰宅。

6月26日 手術に向けて、再入院。

6月27日 手術前の検査。

6月28日 13時から手術。17時に終了。
I医師からは、手術は予定通り。
ICUへ、父、弟、私で入る。
母は、頭イタイ!頭イタイ!を繰り返す。
手をさすって、痛いよね〜、がんばったね、と
話しかけることしかできない。
そういえば、母の手をさすったのは、いつぶりだろう。

6月29日 I医師と面談。脳腫瘍の術後について、ネットでいろいろ調べると、認知機能が低下するとか、けいれんがあるとか、不安なことが書いてあるので、先生に聞いてみる。予後については、はっきりとは、伝えてもらえない。
手術後、一週間くらいで退院です、とも言われるが、
こんな状態で、退院するのだろうか?
もやもや。
そんな私達のやりとりを聞いていた、ICUの看護師さんに、一週間たったら、ハイ退院して!なんてことはないので心配なさらずに。先生に聞きにくいことは、ナースに話してくださいね、と言われて、ほっとする。泣きそう。

6月29日 ICUから一般病棟に移る。

リハビリのO先生と面談。明日から、リハビリ開始しますとのこと。O先生には、本当に、助けられた。
母も、先生のことは大好きのようで、あの先生は、しゃべりやすい、と。でも、入院中、ずっと、先生の名前を覚えられずにいた。

先生との約束。
大事なことは、メモをとる。足の運動をする。よく喋って、顔の筋肉を動かしましょう。

O先生との約束でしょっていうと、メモをとる母。

7月6日 病室に、介護の調査員の方がやってくる。
母の状態をみてもらった後に、話を聞いてもらい、
つらいけど、家族の人が背負いすぎちゃだめだからね、と。
また、泣きそうになる。

夜。I医師と面談。
前日、弟のところに電話があり、神経膠芽腫で、余命一年と言われていたので、父は同席させず。
弟と2人で話を聞く。

本疾患は、平均寿命一年2ヶ月。
高齢者の場合は、一年。
手術や治療を行っても、完治することはない。
今後、腫瘍が増大すると、麻痺、言語障害、動けなくなり、傾眠症状も。
胃ろうをつけることになるかも。

この腫瘍は、必ず、再発する。
最期は、緩和ケアなども、頭に入れて。
その時になったら、考えましょう、と。

再発がいつなのかは、わからない、
いま、症状が出てないうちに、好きなことをやって下さい。温泉にも、行ってもらっていいです。とも。

自宅に戻ってからは、けいれんに、注意。

今後の治療方針は、まず、放射線。10日間。

その後は、腫瘍の遺伝子検査を行なった後、テモダール。

放射線や化学療法をやらないと、どうなりますか?聞くと、再発の時期が早まるとのこと。

弟との話し合いで、ここで治療を続けることは決めていたが、自分自身を納得させたくて、F病院で
セカンドオピニオンを受けたい旨を相談。
I医師は、快く、了承して下さった。
申し込みは、こちらでやりますね!と、紹介状やら、画像資料やら、用意していただけることに。

7月8日 外泊。自宅に帰る。
だが、夜中。父に起こされ、何事かと思ったら、
母が、気持ちが悪いと、怒ったように言い続ける。
救急車を呼んでほしいと言うが、説得して、
父の車で、市民病院へ。

そのまま、病室へ戻る。
外泊できんかったね。

7月10日 ケアマネジャーさんが、病室へやってきた。今後の介護の相談。
父には、母の余命のことは内緒にしてえることを伝えた。

7月10日 放射線科。O医師と面談。

7月12日 放射線一回め。

7月13日 放射線二回め。

7月15日 退院。
午後、介護ベッドがやってきた。

7月18日 放射線3回め。
この日、F病院にてセカンドオピニオン。

7月19日 放射線4回め。
M病院にて、遺伝子検査。

7月20日 放射線5回め。

7月21日 放射線6回め。

7月24日 放射線7回め。