わたしはずっと


弱音も吐けなかったし

ネガティブな部分も出せなかった。






CBM(コバマス)74期せいらです。







見た目がこんなんだから(←???)









バカにされたくなくて

弱い部分を誰にも見せずに生きてきたんだよね。







わたしが物心ついた時から

負けず嫌いで強がりだった。






幼稚園のころから嫌なことがあっても

誰にも言えなかったし

悲しいことがあっても泣けなかったの。







そのかわり

1年に数回


自分の中のバケツがいっぱいいっぱいになって


何があったわけじゃないのに


急に大声で泣き出すことがあった。






これ、今もなんだけどね。(///∩ω∩///)









日頃から、泣けたらいいのに。


悲しいことや嬉しいことがあれば

その場ですぐ泣けたらいいのにな


ってずっと思っていた。




この日はすぐ泣いたw






今もあんまり泣くことはできないけど


弱音を吐くことは意識的に心がけている。








会社員になってからも弱音は吐けなくて


しんどい
嫌だ
できない
やめたい
めんどくさい
キライ
助けて



そんな言葉がずっと言えなかった。





きっとわたしは


心のどこかで




いつか正義のヒーローが現れて


何も言わず気付いてくれて


私を助けてくれるって信じていたんだよねぇ。



(痛)(痛)(痛)







今ならわかるよ。





正義のヒーローはいない。




何も伝えずに全てを汲み取って

助けてくれる人は、いない。








声にも出さずに

手も伸ばさずに

何度も伝えずに





なんて、誰も助けてくれない。





最初にわたしを助けられるのは


いつだってわたしだけなんだ。




声を出すこと

手を伸ばすこと

伝えていくこと



なんども、何度も。








いま、わたしは弱音を吐く練習をしている。





息を吐くように弱音を吐きたい(希望)






もうだめだ
嫌だ
しんどい
むかつく
しにたい
できない
やめたい
行きたくない
キライ
助けて








言ってみて思うのは


ネガティブだと思っていた言葉は
言えば言うほど



わたしが安心するという言葉だということに

気付いた。







ネガティブな言葉なんてダメだと思っていた。





弱くてダサくて情けなくて


言いたくなんて、なかった。



そんなわたしを知られることが

なにより怖かった。







今でも言うと


責められるような気がする時もある


言い過ぎたかなって反省するときもある


言ったせいでこうなったのかな?
って思うこともある






でも、それ以上に言ってもいいんだって


自分で自分に許可できたことが嬉しいんだ。







言うと

「言ってもよかったんだな」
「やっと言えたね」

って安心する。



誰に何を言われようと

わたしがわたしを安心させてあげられる。





そして、助けてもらうことも

していきたい。




わたしはすぐに大丈夫って強がっちゃって


助けてくれようとしている人の手を振り払ったり


見てるだけならいらない!


って拗ねて離れたりしちゃう。






伸ばしてくれた手は遠慮なく掴んでいいし

見てくれてる人に
こちらから助けを求めてもいい。











今の目標は

↓コレを言うことだったりする。(´∩ω∩`)♡









あ、こうやってブログに

名前と顔を晒してぐだぐだ言ってるのも


アリエナイコトだからね(´∩ω∩`)(今更