Side キョーコ
軽井沢ロケから数日後…
モー子さんの隣の部屋に越してきた私は…橘さんの行動に目を丸くした。
確かに…私の出した条件は守ってる…
だけど…この展開は…!!
あの日…明け方近くまで私を離そうとしなかったクオンは…心配してた。
橘さんは…何を仕掛けてくるかわからないから…って。
だけど…まさか…彼まで越してくるとは思わなかった。
隣の部屋から顔を出した彼が…にっこりと笑って私に云ってきた。
「俺からも条件を追加したいんだけど…」
彼から言われたのは…
クリスマスまでの間、私に女性のSPを一人付けさせてもらうこと。
この1ヶ月に関しては…こちらの都合で住居を変えさせてもらっていてそれで何かあっては責任問題になるから…ぜひ…と言われて…深く考えずに承諾してしまったんだけど…
そのせいで彼と…全く会えなくなるなんて思いもしなかった。
「1ヶ月くらい…会わなくても…大丈夫!」
自分で云った言葉だけど…
本当は平気なわけ…ない…でも、慣れておかないと…
ずっと手の届く距離にいた彼が…
遠く異国の地で頑張るその時に弱音を吐いてしまいそうだったから…
なのに…そんな私の強がりさえ…
彼は見逃してくれなかった。
あの日…本当に俺がいなくても…平気だなんて思ってる?って…
私を責め立てるように彼が…その熱い身体で聞いてきて…
私が…本当のことを答えるまで…彼は解放してくれなかった。///
でも…これだけは自信があるの。
私の気持ちは変わらない…彼に揺れたりなんかしない。
この1ヶ月さえ乗り切れば…彼の秘密は守られる。
彼の夢を…そのチャンスを…邪魔なんかさせない。
それに…別に暮らすことになっても…
どこかで会うチャンスはあるだろう…って思ってた。
けど…それは甘かったみたい。
電話でクオンが…
「本当に会えなくなるなんてね…予行練習させられるとは思わなかったよ。」
苦々しい声でそう云った。
彼とは…本当に遠距離恋愛をしているように…電話とメール…
画面の中でしか会えない日々が続いてる。
その一方で…隣に暮らし始めた橘さんはというと…
「初めてだ…誰の目も気にせず、こんなにのんびりと過ごすのは…」
ここにいるときだけは…御曹司なんかじゃない自分でいたいから…
橘の名は云わないでくれって…云われて…真輝さんって呼ぶことになった。
彼は…最初の約束通り…隣には住んでいても紳士的に振舞ってくれた。
社さん達の分と合わせて差し入れをくれたり…お花をくれたり…
ベランダは私の好きな植物で溢れていて…水やりをしながら…
自然とベランダ越しに彼と会話をするのが日課のようになっていった。
私は…彼との会話でずっと気になっていたことがあって…
それは…私にも覚えのある感情だったから…
だから、私は…社長に無理を云って…
彼には内緒で…橘財閥の社長さんにアポを取ってもらい…会いに行った。
私に付けられていたSPの人も…その件だけは内緒にしてもらって…
初めて会った…彼の父親は…とても優しそうな方だった。
私はジュリエナさんから聞いた話と…真輝さんが時折話す家族の話を…
歩み寄るのが遅かった親子の…修復できずにいる関係を何とかしたいと思った。
彼が…今も家族からの愛を感じられずに寂しく生きている現実を…変えてあげたいと思った。
そんな私の申し出に…社長さんも賛同してくれた。
社長さんとの話を終えて部屋を出ると…執事の染谷さんに話しかけられた。
染谷さんは…真輝さんにとって一番身近な人…その関係は…親子のそれにも似た主従関係…
そんな染谷さんから…彼ではなく真輝さんとの未来を考えて欲しいと頼まれた…。
でも…それはできない。
私が愛しているのは彼一人だからと…はっきりと告げると…肩を落としていたけど。
彼自身を見てくれてる人はここにもいる…。
彼は一人じゃない…目を背けて…傷つくのを恐れて…壁を作ってしまったのは彼自身。
その壁さえ取り払うことができれば…彼は変わる。
私が…クオンに救われたように彼の背中を押す役目を…と考えていた。
それで…私の役目は終わり…彼には…彼に相応しい人がきっといるはずだから。
私は…彼以外の人は…考えられないから…。
そうして…約束の日がやってきた。
クリスマス・イブ…真輝さんとの勝負は…私の勝ちで終わる。
勝負に勝った私は…無事彼のもとへと帰れる…はずだった。