Side 蓮
不破からの話を事務所で確認した俺は…移動の車の中で碧子さんにその話した。すると…碧子さんが…
「確か…彼の母親もハリウッドで女優をしてたって云ってたわよね…。
年齢から考えても…そうね…ちょっと調べてみてもらうわ。」
そう云ってどこかに電話をした碧子さんがクスっと笑って電話を切った。
「やっぱり…灯台下暗しね。蓮ちゃんのママのお友達だったみたいよ?」
「え?」
彼の母親と母さんが?
不破の時といい…世の中って意外と狭いもんなんだな…
いや…運命がそうさせるのか…
とにかく、少しでも彼に関する情報が知りたくて…俺は母さんに連絡を取った。
彼の母親が女優を引退した後も母さんとは交流があったようで…
折り返しでもらった連絡で…彼の今後の仕事の予定などの情報を得ることができた。
そして…仕事の合間で送られてきたキョーコからのメールには…
『お疲れ様です。今日のCM撮影の場所が変更になって…今、軽井沢に来ています。
最初は突然のことに驚いたけど、スタジオで撮るよりいいものができそうです。
白亜の宮殿みたいなすごいお屋敷で…とっても素敵なの。
これで相手役がクオンだったらもっとよかったのに…なんて…WW。
1泊2日の撮影予定なので、明日には戻ります。
PS 夜に…電話します。 キョーコ 』
不破が云ってたように今回のCMは…彼女を意識して作ったものなんだろう…
彼女の好きなものをリサーチして…気を引こうとするなんて…手の込んだことをする…。
…雑誌の件といい…撮影場所の件といい…今までの馬の骨とは一味違う…。
俺達のことを知っていて…更に…俺の秘密まで握った上で…彼女に近づいている。
その日の仕事を終え、事務所へと向かう車の中で…
難しい顔をしていた俺に…碧子さんが言った。
「蓮ちゃん…彼が何を仕掛けてくるかわからないけど…
キョーコのことしっかり掴んでおきなさいね…?」
「……。」
しっかり…って…それって…まるで…
俺の不安を煽るように、真剣な顔つきでそう云ったかと思った碧子さんの顔が次の瞬間には…いつものにんまり顔に変わる。
「あなたのテクで…ね!うふふ~っ
てことで、明後日はあなたも、午前中オフにしておいてあげたから!
元気出しなさいよ?起きてもないうちから心配するのは蓮ちゃんの悪い癖よ?
キョーコなら大丈夫だから!ヤッシーもいるし、仕事場で何かしたりは無いわよ。
だからね、そんな顔しないのよ!。それじゃ、ここでいいわ。」
「?!」
にっこり笑って事務所前に停めた車から降りていく碧子さん…に軽く会釈をして
車を出した俺は…マンションに向かって走りながら…さっきの言葉を反芻する…。
確かに…相手の意図が分からないうちは手の打ちようもないが…
やっぱり…目的はキョーコ…
それがわかっていて心配にならないわけがない。
って…そういえば…
さっき「あなたもオフ」っていってなかったか?
…「も」ってことは…///
…まったく…こういう気配りだけは欠かさないんだからな…碧子さんは…。
ふぅ~~~~っ…
俺は大きくため息をついて…彼女を想った。
彼みたいな馬の骨の出現するのは…やっぱりキョーコが…
これ以上…キョーコに魅力的にならないで欲しいな…
なんて思ってしまうのは俺のエゴ…なのかもしれないけど…
早く…俺だけの君にしたいと…心が願ってしまう…。
Side キョーコ
社さんと合流して…しばらく広間の方で待っていると、橘さんがやってきた…。
撮影スタッフが準備を始める中、スタイリストさんに案内されて控え室へと向かう。
用意されていた衣装は…淡いピンク色のドレスで…
チュールを重ねてボリュームたっぷりに仕上げたちょっぴり短め丈で、小花柄のチュールレースとシルクシャンタンのリボン使いのトップが可愛らしい。
同じ色で合わせたレースのロンググローブは指先が出るタイプのもので…サイドに緩く束ねたロングウイッグにはピンクローズの可愛らしいヘッドドレスを合わせて…鏡の前に立つ私の姿は…現代のシンデレラ。
そんな素敵な衣装を身に纏い…NightバージョンのCM撮影が始まる。
12時の鐘の音に慌てて舞踏会から抜け出してきたシンデレラのように…
白い階段を足早に下りてくる私を…踊り場で待ち構えてる彼…
グレーのタキシードに身を包んだ彼は…熱い瞳で私を見上げてくる。
その視線に囚われて…私の足は速度を失い…やがて完全に止まる。
そんな私の前に立ち、そっと膝まづき…私の左手の薬指にそっとキスをする。
そして艶っぽい瞳で私に…魔法の言葉をかける。
「愛してる…結婚しよう?」
彼の言葉が合図になって…どこからともなくやってくる月の精霊が振り撒く光の粉…左手の薬指は光の渦に包まれて…眩しさに目を閉じる私。
瞼に感じる光が柔かくなったのを感じると…薬指に光るダイヤモンドのリングに気付く。
蕩けそうな笑顔で彼をみつめると…優しく彼の腕に引き寄せられて…
二人が抱擁を交わすシーンでカメラは引いていって…
商品であるマリアージュシリーズのリングがアップに映し出される。
『 Mariage - 魔法の言葉 』
あなたの魔法使いは 誰ですか? - Masaki Jewelry -
というのが、今回のCMの内容。
…ポスター用の撮影も合わせて行われた。
今回も素人とは思えないその堂々とした存在感と…男の色気を存分に発揮してくる橘さんに…負けじと私も応戦する。
彼で慣れてなかったから…ホント私も危ないところだわ。
…この手の人はやっかいよね。被害者続出させちゃうんだから…。
「前回のCMの時もそうでしたけど…
本当、橘さんって役者でもやっていけそうですよね?
このCMが流れ始めたら…多くの女性が橘さんの虜になりそう…
私…羨ましがられるのを通り越して…恨まれちゃいそうですね。」
「…キョーコさんは?」
「はい?」
橘さんの言葉にきょとんとしていると…小さくため息をついた彼が自嘲気味に言った。
「…ふぅ…
キョーコさんをその気にさせるのは大変そうですね。」
「え?」
「それこそ…僕の方が誰かの怒りを買っていそうだ…。」
彼は少し意地悪そうな笑みを浮かべて私にそう云った。
「……。」
その言葉に思わず言葉が詰まってしまう。
さっき…控室から彼には今日の撮影のことをメールで送ったけど…
確かに…こんなCMを目にした時には…ご機嫌斜めになりそうだなぁ…。
だけど、コレは仕事だし…
プライベートで何かあったわけじゃないし…そんなことを考えてると橘さんが話を続けた。
「クリスマスイブに…ここで各国の要人を集めたクリスマスパーティを毎年開いてるんですが、
今年は…年明けから流すこのCMの完成披露パーティも兼ねて行う予定なんです。
だから…キョーコさんにもご出席いただきたいと思うんですけど…ご都合はどうですか?」
「え?!」
「プライベートで…というと断られてしまうかもしれないので…お仕事として依頼させて頂きたいんですけど。」
そう云ってクスッと笑って…言葉を続ける。
「その日集まるのは…橘財閥としては重要なお客人ばかりで、キョーコさんのファンの方も多いんですよ。ですから、ぜひお願いしたいなと…。」
…クリスマスイブ…に、ここってことは…
「パーティは夕方からで…こちらに泊まって頂いて構いませんので…
よろしかったら…ご友人の方も誘ってご一緒にどうですか?」
「…あ…あの…」
「社さんにもお話ししておきますから。」
私が返事に戸惑っていると…社さんの方へ向かって歩き出した彼が…急に足を止めた。
「?」
振り返った橘さんが…
「明日…の撮影後の件は、社さんにも秘密ですよ?」
唇に人差し指を当てて、ウインクをすると社さんのところへ歩いていく。
私は…イブに…クリスマスにまた彼に会わなければならなくなったことで…
彼のさっきの笑顔の裏に…何かありそうな…彼の影を垣間見た気がして…
明日…話を聞く約束をしてしまったことに…不安を感じ始めていた。