歴史ミステリーといった側面が、この国宝屏風作成の背景にあるというのだが。
国宝といっても、指定されたのはごく最近で平成7年であるから、むしろ意外ではある。
これも、高校日本史あたりの教科書に、カラー刷りで掲載されていることで、有名になっているのではな
いか。
「洛」とは、「都」つまり「京都」のことであり、京都の市内および郊外を、鳥瞰図的に四季折々の風物と
もいうべき、様々な暮らしの一端や、行事などを、所狭しと、屏風全体にパノラマ風に、描きつくしてい
る。これまでの史実的調査の結果、この屏風図は、足利義輝が、上杉謙信に贈られることを目的に、描
かれたとされている。
ただ、現実に謙信に送り届けたのは、1574年(天正2年) 足利義輝逝去の後に、天下をとった織田信
長とされている。とにもかくにも、本作品のダイナミックさとともに、作成の意図の謎に加え、当時の京都
に住む庶民たちの暮らしぶりとともに、懸命に、けなげに、楽しそうに暮らす日常生活の姿そのものが
、惜しげもなくというか、「温良にして、細密に」描かれているという点である。
いつの時代にも、庶民の暮らしがあり、生活がある・・・
そのことを、ありのままに描いておきたかった、永徳の真意はどこにあったのか・・・謎ではあるものの、
一日中この屏風図を眺めていても、決して厭きることのない、天才絵師の才能を垣間見るのである。
