鬱病になり間もなく五年 やっと病状が定まったような気分。

自殺未遂して1日入院し、その翌日精神病院に再入院しました。


そのときはまだ、意識が明確にならず、車椅子で病室に入りました。

その日の夜から、辛かった

吐き気が酷く食事も満足に摂れず

しでかした事の後悔と、障害児の息子と妻、両親と妹、果ては飼っている猫にも申し訳ない気持ちに襲われ、

さめざめと泣いてばかりいました。


↑もう16歳

ひとしきり泣きはらして、わいてきたのは健康不安でした。

馬鹿みたいな話です。

自殺をはかった一週間後に、オーバードーズにより血中酸素濃度低下による後遺症が心配になり、

忙しい看護師さんを捕まえては

「後遺症は大丈夫でしょうか?検査をしていただけないでしょうか?」

と訴えてばかり。

鬱陶しかったでしょうね。

思い返しても恥ずかしく申し訳なかったです。

コロナ禍の対応で、面会禁止や、OTの時間が削減されたのも辛かったですね。

入院中、私は同席せず、家族と医師の話し合いが行われたようで、妻も両親も、長い時間私の病状についてヒアリングをしたのは病気になり初めてでした。

1ヶ月後に退院したとき、両親の態度のかわりようには驚きました。

よそよそしい、腫れ物をさわるような雰囲気は、人生で記憶がないくらい、奇妙で切ない気持ちになりました。

今般の自殺未遂で、私も家族も、鬱病の恐ろしい実相を、痛烈なまでに実感したのです。

今このブログを綴りながらも、

「死にたい」気持ちを拭えずにいます。

この気持ちを受け入れ、これからも生きていくと考えると、また「向う側」に転ぶようで辛いです。

やっと、鬱病が我が内に完成したのだと思います。

やっと新しいスタートを切ったのだと。

ゴールは見えません。

せめて猫さんには、なだらかで穏やかな終焉を迎えさせたいです。