小さい頃、母が「家族みんなが健康で…」と絵馬に書く理由がわからなかった。

私は将来の夢や誰と同じクラスになりたいかをお願いしていた。せっかく神様が叶えてくれる(かもしれない)なら、健康なんてつまんないこともったいない、願いが叶うなら風邪くらい引いてもいい、と思っていた。

しかし年齢を重ねるにつれ、考えが変わった。私が「健康なんて」と言えたのは両親に健康管理を一任していたから、体調を崩していることに気付いていないからだった。

朝何時に起きるか、夜何時に寝るか、小学生の頃は特に厳しく管理されていた。そのおかげで背は伸びたし睡眠不足になったこともなかった。食事も寝床も用意されていて、当たり前のように生活環境を手に入れていた。

ある日、ご飯の味がしなくなった。でも私はそれを異常だと気づけなかった。「健康な状態」がどのようなものかわかっていなかったのだ。

夢を叶えたい、円満な人間関係を維持したい、欲しいものを手に入れたい…。人間は貪欲だから、望みはいくらでも思いつく。

それらの望みは全て「健康な状態で」が前につく。人生をめいっぱい楽しむ最低条件だ。

古代から長寿を祝ってきた理由が、少しわかった気がした。